今更ながら自己紹介とサイト案内
GW中になんとか本サイトの移行作業を終了しようと思ってましたが、結局は予定の半分程度の作業が終わった感じです。
レイアウトをすべてのページで統一化させるため、全ページのHTMLに手を加えなければならないのと、新レイアウトになったページのリンクチェック。さらには久々に覗いた自分が作ったページを作った当時を思い出しながら読みふけってしまうのが、作業がなかなか進まない理由でしょうか・・・
そんな中、既存のページを捨て新たに全部作りなおしたページがあります。
それが「自己紹介とサイト案内」
新ホームページでは「ABOUT」という名称ですべてのページで表示されるメニューのひとつとしました。
今年1月。@niftyの「ホームぺージコンテスト授賞式」を訪問させていただいた際、当日会場に出席していた審査員の方から、「初めてのホームページを訪問した際に必ず覗く所がABOUTです」と言う意見がありました。
審査対象となったサイトをさらっとみて、少し興味をもったら尋ねるのが「ABOUT」のようです。
・このサイトを作っている人はどう言う人なんだろう?
・作者に会ってみたい
そう思ってもらえるかが、受賞への第一審査のような表現もされていました。
確かに自分も、初めて訪れたサイト(ホームページでも、weblogでも)で、その内容に少し興味を持ったら「ABOUT」
を尋ねることが多いような気がします。
「ABOUT」を見て、更にそのサイトに興味を持ったり、そうでなかったり・・・・
個人サイトを作っているのは、やはり人間ですから、その人に興味をもてるかどうかが、お気に入りのサイトになるかどうかの重要な基準のひとつでもあるような気がします。
私のサイトの従来の「ABOUT」はあまりにも質素なもので、製品のカタログと同様。スペックみたいなものしか書いてありませんでした。
今回の本サイトリニューアルを機に、サイトに興味を持って「ABOUT」に立ち寄っていただいた方々に、このサイトを開設している私という人間を、もう少しだけ知ってもらえたらと思い、次のような紹介文を作ってみました。
まだ公開前のものですが、もし興味を持っていただけたら、読みすすめていただければ幸いです。
<管理人>
1970年3月21日東京都大田区生まれ、川崎の山奥育ち。現在は東京都西東京市在住。
趣味は、汽車旅&のりものの旅。そしてその旅をこのサイトで公開するためのパソコンいじり。 パソコンでGAMEはしない。
お酒は付き合いで飲む程度と言いたいが、気の知れた人と飲むお酒は実は大好き。煙草は一切しない。
最近は、仕事でゴルフを多少嗜み面白くなってきたところだが、スコアはとても公表できるものではない・・・。
列車(のりもの)に興味をもったきっかけは、子供の頃に実家近くを走っていた小田急ロマンスカーの影響と考えている。
オルゴールを奏でながら目の前を通過していく小田急ロマンスカーが、自分が知らない未知なる世界に連れて行ってくれる憧れの乗り物に映っていた。
遠くに親戚を持たない環境で育ったため、大きくなるにつれ、列車に乗って遠くに行きたい気持ちが高鳴ったのが、更にこの趣味にはまる予兆となる。
本格的に趣味活動を開始したのは15歳の頃。アルバイトで貯めたお金は全て子供の頃憧れていた汽車旅へと消えていった。
17歳頃までの2年間は、日本各地の未乗のレールを求め日本中を訪ね歩き、その功績を日本列島白地図に書き留めるが・・・
国鉄(現JR)全線の半分である1万kmを乗車したころ、鉄道趣味誌の影響を受けて自分と同じような行動をする同好の人が多いことに嫌気が差したのと
当時よく聞いていたFMから流れる洋楽の影響を大きく受け、外国に旅立ちたい気持ちが大きくなる。
鉄道乗車区間を記載した日本白地図にも、新潟から海路とシベリア鉄道経由でパリまでの接続時刻をトーマスクックから転記するようになっていた。
外国のアーチストにファンレターを書き、返事をもらえたことなども、外国への強い憧れにつながったものと考えている。
17歳後半から18歳半ばの約半年にかけては、国内汽車旅を自粛。アルバイトに精を出し、渡航費用を一生懸命稼ぎ出した。
渡航費用が準備できても、未成年だった私には保護者の許可がないと旅券(パスポート)を取得することが出来ない。
アルバイトの影響でフリーター同然となっていた私は、帰国後に勉学に勤しむことを両親に誓い旅券取得の承認を得て、1988年11月。18歳で初めて外国(フランス)に旅立った。
生まれて初めて、しかも一人で来た外国は、見るもの、聞こえてくるもの、空気など全てが新鮮。そしてカルチャーショックだった。
この時の旅行期間は約2ヶ月。イギリスを除くヨーロッパ全土の鉄道が載り放題になる「ユーレイルユースパス」をフル活用し、ヨーロッパ中を列車を使って自由に駆け巡り、言葉が出来ないながらも色々な国の人と語らいをもった。
旅行を開始して10日目には全ての荷物を置引きにあうと言う事件にもあったが、この2ヶ月間の列車での移動距離は、なんと約36,000km。実に地球の8/10周に値していた。
これ以来、外国の鉄道に強く興味を持ち、機会を見つけては、列車に乗るために外国に行くことが趣味のひとつとなる。
*この2ヶ月間の旅行の間に、日本は昭和から平成に時代が変っており、私は帰国するまで「平成」を「平政」と本気で思っていた。
<これまでの主な渡航国>
フランス・スペイン・ポルトガル・ドイツ・イタリア・サンマリノ・ギリシャ・トルコ・ハンガリー・韓国・アメリカ・メキシコほか
<ひとり汽車旅・のりものの旅>
開設:1998年2月1日
自分の汽車旅等の記録もかねて、パソコン通信NIFTY-Serve(現@nifty)の鉄道フォーラムFTRAINに、旅の記録を公開したのが全ての始まり(1994年)
これより数年の間は、NIFTY-Serve 鉄道フォーラムへの公開を続けていたが、インターネットが世に浸透するのにあわせ、NIFTY-Serveに公開していた韓国鉄道旅行記「明日セマウル乗ろう!」をWEB化し、インターネット上に公開したのが、この「ひとり汽車旅・のりものの旅」のスタートとなった。
以来、自分の旅した記録を、趣味の人以外にも楽しんで頂けるよう分かりやすい表現を心がけ、公開を続けている。
これまでに大きなリニューアルを2度行い、現在のレイアウトは3代目になる。
2004年8月末日の@niftyのメンバーズホームページ閉鎖に伴い、公開サーバーを同社の@homepageに移行する。
サイトの名称 【ひとり汽車旅・のりものの旅】 の由来は、管理人が一人で旅することが多く、その記録を公開していることから名づけたもの。
<海外鉄道旅行愛好者>
開設:2004年2月1日
2003年暮れ頃から急速に広まったWEBLOG(ブログ)によるサイト。
従来型のWebsite(ひとり汽車旅・のりものの旅)は、新しい記事のUPや更新には、htmlと呼ばれる言語による編集が必要となり、その作業は結構な労力を必要とする場合があり、更新が滞ってしまう原因になっていた。
このようなhtmlの編集作業をほとんど行うことなく、だれでも気軽にWebsiteを開設することが出来るWEBLOG。
このWeblogサービスを@niftyがココログという名称で開始したのに合わせ、ひとり汽車旅・のりものの旅のサブサイトとして開設したのが始まり
以来、気軽に書き込めるWeblogの特性を活かし、自宅のパソコンはもちろん、勤め先や携帯電話から、頻繁に新しい記事の投稿を続けいる。
Weblogは、RSSと言われる更新を広く一般に通知する機能を持っており、現在では本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)の数倍のアクセスを保っている。
最近はWeblogの気軽さによる本サイトの更新が滞ってしまうことへの対応として、本サイトのTOPページにWeblogサイト(海外鉄道旅行愛好者)の更新情報を掲載するようにしている。
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