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2004.05.30

7年目のHPリニューアル とりあえず完成

@niftyのメンバーズホームページ閉鎖に伴う、本サイト【ひとり汽車旅・のりものの旅】の新URLへの移動及びリニューアルが、ほぼ終了し、先ほど11:30に切り替えを行いました。

それにしても。疲れました。
この移転に伴うリニューアル作業を開始したのは、もう2ヶ月ほど前。
自分の出来る技術で、しかもメンテナンスの容易に出来るレイアウトの決定
そのレイアウトにあわせ、全てのページのHTMLの編集・・・・
修正が必要になったHTMLファイルは実に120本程度、本当に疲れてしまいました。

まだ100%移転が終了したわけではありませんが、訪問者の多いと思われるページを優先に作業を行い、ほぼ95%の作業が終了したものと考えております。
本当は100%終了してから移転、公開とも考えたのですが、それだといつになるか分からないので、今日思い切って決行しました。

ホームページ開設から6年と4ヶ月。 良くここまで作ったものだと自分を褒めてやりたくなりました。
自分の行ってきた旅行内容を自己満足の範囲で公開しているだけのホームページですが、自分が経験したこと思ったことを、多くの人に見ていただき、そして参考になったとのメールを頂くのを何よりも楽しみにして、これからも公開を続けていきたいと思います。

さあ
新レイアウトが完成に伴い、まだ着手していない旅行内容を順次公開していきたいと思いますが・・・ これからの暑い夏に更新意欲が負けそうです(笑)

2004.05.27

新幹線「つばめ」のマウスを使用して

tubame_m.Jpg

以前にも紹介したことのある九州新幹線「つばめ」のスタイルをしたマウスが先月届き、いま写真の状態で使用しています。

最初に届いたとき、まずその小ささにびっくり。
写真では良く分りませんが、一般的なマウスと比べると2周りぐらい小さいな感じがします。
パソコンに接続して使ってみると、お世辞にも使いやすいとは思えません(笑)
小さすぎるのと、手の甲にあたる部分が角張っているので、手にフィット感なんてものはありません。
スクロールボタンも小さく、材質もあまり良くなく、よく指が滑ってしまいます。

でも良いんです。 遊びだから(笑)
使いにくくはあるのですが、全く使えないわけではないし、ライトが光るのが結構かわいいのです。(前年ながら写真ではライトが消えてますが・・・)

このライト。マウスを動かすと光るのですが、停止状態でもメールが到着すると点滅するという技も持っており、メーラーを開かなくてもメールの着信が分る。
メーラーを開かないから、Windowsのタスクバーが1アプリケーション分(メーラー分)占領されなくて済むなど、実は実用性のある部分も持っています。

あと個人的には、始めて購入した赤外線マウスで、赤外線の反応も全く問題ありません。

マウスにしては結構高価なものだったので、しばらくはこのマウスを使用していこうと思ってます。

最後に、購入は遊び心が理解できる方で、ご自分で購入責任のとれる人がよろしいかと思います(笑)

2004.05.25

台湾新幹線が現地に到着

台湾新幹線、高雄港で公開

来年10月に開通予定の台湾新幹線の車両が今日現地の高雄港に着いた旨の記事がありました。
日本の新幹線の初輸出となる台湾新幹線。
フランスの技術を導入した韓国新幹線が、今年4月1日の開通以降、結構な数のトラブルが発生しているようなので、日本の技術を導入した台湾新幹線には、ぜひスムーズな開通を望みたいところです。
開通したら、こちらも是非乗りに行きたいと思ってます。

ところで、海を渡った新幹線といえば、この台湾新幹線が始めてではありません。
引退後の新幹線ですが、日本の新幹線の原型スタイルである「0系」が、イギリス「ヨーク」の鉄道博物館に譲渡されたことがありました。
こちらも、いつの日か現地に行ってみたいと思っています。

いずれも、いつの話になることか・・・


<追記メモ 2004/05/25>
この台湾新幹線は、5月19日に神戸を出港して、25日に高雄についたもの。1編成12両分が陸揚げされたそうです。
今後も月間2編成のペースで日本から運ばれ、最終的には30編成360両の新幹線車両が準備されます。
ちなみにこの車両は「700T型」と呼ばれるもので、東海道・山陽新幹線で使用されている700系のぞみ車両をベースにしたもの。 たしかノーズは日本の700系よりも若干短くなっていたかと記憶しています。
この車両は9月からの試運転を予定しているそうです。

台湾新幹線は、台北ー高雄間の345kmを約90分で結ぶ予定。開通は来年2005年10月の予定です。

2004.05.23

「週刊ロマン鉄道」というブロードバンド放送の紹介

家庭でのインターネットのブロードバンド環境がずいぶん進んだようです。
そのブロードバンド環境を最大限に使用するブロードバンド放送局なるものも、いくつか開局しているようです。

そんなブロードバンド放送局で視聴できる鉄道番組が「週刊ロマン鉄道」という番組です。
この番組はSo-netTVで提供される番組のひとつで、その名のとおり1週1話づつ番組が更新されます。
番組は土曜か日曜日の深夜に更新され、その後1週間何度もリピート放送されるほか、ネット上で録画予約を行うこともでき、この予約を行うと放送時間に関係なく、オンデマインド放送で楽しむことも出来ます。

1話は、ほとんどが特定の路線の紹介と言うかたちで構成され、ローカル私鉄から大手私鉄まで、珍しいところでは東京貨物ターミナルなどが紹介されたこともありました。

実はこの番組
4月以降更新が行われず、番組自体が終了してしまったのかと思いましたが、この週末見事に復活を遂げました。
番組内容も結構充実していて、鉄道ファンはもちろん旅行好きの人にも楽しめる番組かと思います。


<余談>
昨年の今頃、このSo-netTVのとある番組から取材依頼が届いたことがありました。
日程の調整が付かず、何度か担当の方と連絡を行いましたが、いつの間にかにその番組が無くなっていました(笑)

2004.05.18

北海道「旭川の列車風景」動画配信

soya.JPG

先日、出張で旭川に行った際。僅かな自由時間に旭川駅で撮影した、同駅を発着する列車の動画を編集し、WEBSITEで公開を始めました。

動画の編集そのものは、日曜日に出来上がっていたのですが、動画を公開する予定だったiswebのサーバーが既に他の動画ファイルでいっぱいになっていたため、その公開先を探していたのと、画面のデザインを現在リニューアル中のほかのページとあわせていたりして、公開が遅れてしまいました。

動画は時間の都合上、全て旭川駅構内で撮影したのですが、駅から見える景色は広く、駅の中だけでも北海道を感じることが出来ます。

幸なことに同駅を通る主要の列車は、この30分の時間でほとんど収めることが出来ました。
札幌や千歳空港とを結ぶ「スーパーホワイトアロー」「ライラック」はもちろん、網走行きの「オホーツク」。そしてデンマーク国鉄との共同デザインから生まれた日本最北の街稚内と札幌を結ぶ「スーパー宗谷」などなど

今回の動画は版権フリーの音楽ファイルの長さにあわせ編集してみました。
しばし北海道の列車たちを眺めていただけると幸いです。

動画へは、本サイト「ひとり汽車旅・のりものの旅」からお願いします。


<余談>
これが、メンバーズホームページへの最後の更新となりそうです。
写真は、動画ファイルから抜き出した「スーパー宗谷」です。

@niftyのメール転送機能が改善され、迷惑メールがブロックされます。

4月18日に書いた「@niftyの迷惑メールフィルターへの要望」で、@niftyの迷惑メールフィルターはすばらしく良い機能で、ほとんどの迷惑メールをブロックしてくれるのだが、転送メールを設定をしていると、ブロックされる前にメールが転送されてしまう。
メール転送先を携帯電話のアドレスに設定していると、常に携帯がメール着信状態で使い物にならないような発言をしたところ、なんと今日から改善されるとの事です。

本日の午後3時以降、迷惑メールが転送されなくなるようです。

最近はウィルスメールが多く発生し、1日に70通以上の迷惑メールが届き悩まされましたが、これで安心出来ます。
またリニューアル作業中のホームページにも、ウィルスを恐れることなく、メールアドレスを掲載することが出来ます。

とてもすばらしいサービスを提供していただける@niftyに感謝したいと思います。

<余談ですが・・・>
@niftyの迷惑メールフィルターへの要望」を、@nifty社長の古河建純氏のインターネットBlog: スパムメール対策(その3)にトラックバックを送ったところ。
その次の記事、スパムメール対策(その4)で、出来るだけ早い時期に提供させていただく予定と、ご返答を頂きました。
このご対応にも、感謝申し上げます。

2004.05.17

JALの「クラスJ」、少し早く体験できました

日本航空で6月1日から登場する「ClassJ
先週の金曜日、旭川から東京までの最終便で一足早く体験することが出来ました。

「クラスJ」は、現在のスーパーシートを廃止して設置されるシートで、運賃+1000円で乗ることが出来るちょっとリッチなシートです。
正式なサービス開始は、6月1日からですが、すでにこの「クラスJ」専用のシートが設置された飛行機が運用されており、その飛行機においては5月末までは特別な追加料金なしで、この「クラスJ」の乗り心地を体験することが出来ます。(シート番号が80番台がクラスJシートで、インターネットで座席予約する際に確認が出来ます)

「クラスJ」のシートは今回特別にデザインされたものです。
目立った点としては、「リクライニング構造」「ジャケットハンガー」「フットレスト」でしょうか?

「リクライニング構造」は、従来背もたれだけが倒れる構造だったものが、クラスJではリクライニングの角度に応じ、座面も前方にスライドする構造となりました。
これによりリクライニング角度は若干浅くなった感じがしましたが、後ろの座席への倒れこみが少なくなり、リクライニングの際、後ろのお客さんへの配慮が少し軽減したような感じがしました。
またリクライニングが浅くなったような感じはしましたが、座りごこちは上等で、更には枕に角度を付けることが出来、仮眠時には重宝するのではないでしょうか?

「ジャケットハンガー」は、前の席の背にフックと飛行時の揺れで邪魔にならないように、ジャケットを押さえ込むバンドが下の方についたもの。
従来脱いだジャケットを上部の荷物入れにいれることが多く、財布や手帳などの置き場に気になっていた人には、歓迎されるのではないでしょうか?

最後に「フットレスト」
これも全部の座席についており、リクライニングと連動して使うことで、快適な空の旅を味わうことが出来そうです。

以上、個人的には大変満足な「クラスJ」シートでした。
6月1日の本運用後も、空席があれば積極的に使用したいと思います。
でも本当に設置してほしいなと思ったのは、国内線でなく国際線でしょうか?
なんで国際線のエコノミークラスはあんなに狭いのでしょう? 今度は国際線に「クラスJ」程度の安価で快適なシートの設置を是非検討してもらいたいものです。


<補足事項として・・・>
「クラスJ」は、6月1日からサービス開始されますが、すべての「クラスJ」設定機材が、今回のシートを装着しているわけではありません。
一部機材においては、従来のスーパーシート及びレインボーシート(旧JASレインボーセブン)が、クラスJとして提供されることをご承知置きください。

2004.05.14

旭川に来てます

しばらく多忙で更新出来ていないので、久々にモグログ投稿です

羽田から旭川までの飛行機は9割が観光客。スーツ姿で乗っていた私は少し場違いのような感じでした。

今日は夕方まで旭川に滞在し、夜の便で東京に戻ります。残念ながら日帰りです。

でも少し空き時間があったので旭川駅で列車のビデオ撮影を楽しんでいました。
週末に編集してみたいと思ってます。

写真は旭川駅停車中の特急ライラックです040514_110503.jpg

2004.05.11

狭くないスカイマークもあるんです。

sky5.JPG

平成10年9月19日にスカイマークの1番機が飛んでからまもなく丸6年を迎えようとしています。
登場当初は機内が狭いというあまり良くない評判も飛び交いましたが、その後の成績は、企業努力もあってかなかなか優秀のようで、1機しかなかった飛行機は現在では5機に増え、今や定期チャーター便という形で羽田ーソウル間の国際線まで運行するまでになりました。

先日、九州新幹線を堪能した帰りに、鹿児島から乗った東京行きのスカイマークは、最新型の5号機(写真の機体)での運用でした。
この5号機。シートは全部レザー張りで、座席のピッチは広く、さらにはなんとシートテレビも付いているんです。
もっともシートテレビのサービスは残念ながら、今年の3月で終了してしまいましたが、それでも離陸前の安全設備の案内は、このシートテレビで行われました。
狭い印象のあるスカイマークのイメージを打破するような、すばらしい内装の飛行機でした。

実はこの機体。もともとはスカイマークが購入することで発注した機体ではなく、沖縄で発足した新航空会社「レキオス航空」が、東京ー那覇間に就航させるために作ったもの。
しかし、このレキオス航空は機体の完成までは見たものの飛行機を就航させることが難しい情勢となり、宙に浮いた状態になったこの機体をスカイマークが引き受け、同社の5号機として就航させてものです。

現在この5号機は、東京ー鹿児島線と東京ー福岡線をメインに就航しています。
同社のホームページから、この2つの路線を検索し、スーパーシートの設定のない便に、この機体が使われているとご理解いただければと思います。

*東京ー徳島線に使用される飛行機にもスーパーシートの設定はありませんが、これは主に元全日空の機体である4号機が使われているのが一般的ですので、この機体と間違いないように注意してください。
 

2004.05.10

ベネチア行の列車でコンパートメントひとり占め・・・

最近精力的に外国の列車記事をお書きになっている「マーチャンのお話」の
熟女一人旅の乗り物(63) 乗り物大好き1・列車の旅・コンパートメント(1)へのトラックバック

もう約16年前、私が18歳のころの話になりますが・・・

南フランスのニースから、イタリアのベネチア行きの夜行列車に乗ったことがあります。
この列車は夜行なので、もちろん寝台車も連結されていましたが、ユーレイルユースパスで貧乏旅行中だった私は、日本円にして千数百円程度の追加料金で乗れる寝台車も敬遠し、一般席で移動することにしました。

ニース駅に入ってきたベネチア行きの列車は、イタリア国鉄の車両で編成されたもの。
乗り慣れていたフランスのコラーユ型客車に比べ、ちょっと古さを感じる車両でしたが、私の乗ることの出来る2等一般席車両はコンパートメント(個室)になっていました。

このコンパートメント。2等も1等も対した差はなく、1室には6名分の座席が配置されています。
3人用のシートが向かいあったスタイルで配置され、空いていれば向かい合ったシートの腰掛け部分を互いに中央に引っ張ることで、ほぼフラットな簡易ベットを作ることが出来ます。

ヨーロッパの一般的な列車は、指定席車両と自由席車両の区分はなく、誰かが予約を入れれば座席単位に予約があることを示す黄色い札が挿され、予約した人以外がその座席に座ることがないように注意を促すような仕組みとなっています。
簡単に言うと、誰も座席予約を入れなければオール自由席。 まずないと思いますがみんな予約で埋まってしまえば、オール指定席ということも可能な体系のようです。

話を戻しますが・・・
このベネチア行きの2等座席車には、どのコンパートメントにも予約があることを示す、黄色い札はどこにもなかったため、私は一番揺れが少ないと思われる、車両の真ん中の個室に入りました。
ニース出発時の乗客はほとんどいなくて、ひとり1個室占領は当たり前、まだ主のいない個室もありました。

列車は、1時間ほど走るとフランス・イタリア国境駅であるベンテミリアを超え、イタリアに入ります。
途中モナコ等、いくつかの駅に停車しましたが、この列車に乗り込む新たな乗客は特にいない状態でした。
そろそろ寝るかということで、窓のカーテンを閉め、コンパートメント通路側から光が挿しこむので、通路側のカーテンも全部閉めてしまい、外からはこのコンパートメントの内部が全く見えない状態にして、電気を消して寝ることにしました。
この状態、決して私だけが行ったものでなく、トイレに行く途中の部屋もすべてカーテンが閉じられていました。

私は長旅で体が疲れていたのか、そのあとぐっすり眠ってしまいました。
追加料金のいらない一般席で、しかもコンパートメントをひとり占めで安眠してしまうなど、日本の「青春18切符」を愛用している人から見たら、きっと羨ましく思われる状態だったかも知れません。
列車は途中、ミラノなどの大都市にも停車したはずなのですが、熟睡していた私は全く気がつきませんでした。

私が起きたのは、外がすっかり明るくなったベローナを過ぎたあたり。
「良く寝たな・・・」と思って、外を見てイタリアらしい風景にしばし見入っていました。
夜中に誰か、他のお客さんが部屋に入ってきた様子もなく、部屋にはまだ私ひとりでした。
「ちょっとトイレにでもいこうか」と思って、通路側のカーテンを少しあけたら・・・・・

通路には、何人も人がいたのです。
幸い通路には簡易座席のような折畳式の座席があり、ほとんどの人が腰掛けていましたが、立っている人もいました。

コンパートメントの扉をノックして入ってくればいいのに・・・・

小心者だった私は、通路に立っている人からの視線が怖くて、コンパートメントから出ていく勇気がもてなくて、そのまま個室の中ですごしました。
他のコンパートメントも、私と同じような状態で、みんなカーテン閉まっているようでした。

今思えば、列車に乗ってきた人には大変悪いことしたような、後味の悪い思い出となっていますが、カーテンの閉まっているコンパートメントには立ち入らないというのが、イタリア人の気質なのかなと思ったりします。

列車は、この後1時間ほどで、水上都市ベネチアに到着したのでした。

2004.05.07

「つばめ」、鹿児島中央駅に到着

tsubame_kagoshima.jpg

川内出発から、10分も経たないうちに、もう鹿児島中央到着のアナウンスが流れます。
長いトンネル内を減速しながら進み、外に出たと思うとそこが終着「鹿児島中央駅」です。
残念ながら車窓から桜島をゆっくり眺めながら、鹿児島に着たという実感を味わうことは出来ないようです。
この駅は九州新幹線の開業に合わせ、長年親しまれた駅名「西鹿児島駅」から改名されました。

鹿児島中央駅は、新八代とは違ってすでに完全に完成した形となっており、2面あるホームの左右に1本づつ、計4本の新幹線が停車できるようになっています。

でもこの鹿児島中央駅で停車中の新幹線の記念写真を撮ろうと思うと新八代より難しいです。
終着側は余裕のないほどホームのぎりぎり端に停車し、余裕のあるはずの新八代側にも新幹線の車両数にぴったりと合わせ進入禁止の策があるため、通常のカメラで新幹線を狙っても、近すぎてフレームにきれいに収めることが出来ません。

新幹線目当てで来たと思われる観光客の皆さんも新幹線の顔の前での記念写真をあきらめ、側面の「つばめ」マークの前で撮影している光景をいくつか見ました。

私は反対側ホームに回り、自分の乗ってきた新幹線をカメラに収めようとしましたが、反対側でも事情は同じでフレームに収まりません。
仕方なく2枚に分けて撮影をし、パソコンでパノラマ合成写真に仕立てたのが上の写真です。

撮影を終え、何か記念品でもと思い売店をいくつか回りましたが、マーク入りのお菓子程度しかなく少し寂しい思いをしながら、それでも開業記念マーク付きのビールとともに購入。

飛行機の出発時間も迫っていたので、急いで鹿児島空港に向かうことにしました

2004.05.06

今更ながら自己紹介とサイト案内

GW中になんとか本サイトの移行作業を終了しようと思ってましたが、結局は予定の半分程度の作業が終わった感じです。

レイアウトをすべてのページで統一化させるため、全ページのHTMLに手を加えなければならないのと、新レイアウトになったページのリンクチェック。さらには久々に覗いた自分が作ったページを作った当時を思い出しながら読みふけってしまうのが、作業がなかなか進まない理由でしょうか・・・
そんな中、既存のページを捨て新たに全部作りなおしたページがあります。

それが「自己紹介とサイト案内」

新ホームページでは「ABOUT」という名称ですべてのページで表示されるメニューのひとつとしました。
今年1月。@niftyの「ホームぺージコンテスト授賞式」を訪問させていただいた際、当日会場に出席していた審査員の方から、「初めてのホームページを訪問した際に必ず覗く所がABOUTです」と言う意見がありました。

審査対象となったサイトをさらっとみて、少し興味をもったら尋ねるのが「ABOUT」のようです。
・このサイトを作っている人はどう言う人なんだろう?
・作者に会ってみたい
そう思ってもらえるかが、受賞への第一審査のような表現もされていました。

確かに自分も、初めて訪れたサイト(ホームページでも、weblogでも)で、その内容に少し興味を持ったら「ABOUT」
を尋ねることが多いような気がします。
「ABOUT」を見て、更にそのサイトに興味を持ったり、そうでなかったり・・・・

個人サイトを作っているのは、やはり人間ですから、その人に興味をもてるかどうかが、お気に入りのサイトになるかどうかの重要な基準のひとつでもあるような気がします。

私のサイトの従来の「ABOUT」はあまりにも質素なもので、製品のカタログと同様。スペックみたいなものしか書いてありませんでした。
今回の本サイトリニューアルを機に、サイトに興味を持って「ABOUT」に立ち寄っていただいた方々に、このサイトを開設している私という人間を、もう少しだけ知ってもらえたらと思い、次のような紹介文を作ってみました。
まだ公開前のものですが、もし興味を持っていただけたら、読みすすめていただければ幸いです。

<管理人>
1970年3月21日東京都大田区生まれ、川崎の山奥育ち。現在は東京都西東京市在住。
趣味は、汽車旅&のりものの旅。そしてその旅をこのサイトで公開するためのパソコンいじり。 パソコンでGAMEはしない。
お酒は付き合いで飲む程度と言いたいが、気の知れた人と飲むお酒は実は大好き。煙草は一切しない。
最近は、仕事でゴルフを多少嗜み面白くなってきたところだが、スコアはとても公表できるものではない・・・。


列車(のりもの)に興味をもったきっかけは、子供の頃に実家近くを走っていた小田急ロマンスカーの影響と考えている。
オルゴールを奏でながら目の前を通過していく小田急ロマンスカーが、自分が知らない未知なる世界に連れて行ってくれる憧れの乗り物に映っていた。
遠くに親戚を持たない環境で育ったため、大きくなるにつれ、列車に乗って遠くに行きたい気持ちが高鳴ったのが、更にこの趣味にはまる予兆となる。


本格的に趣味活動を開始したのは15歳の頃。アルバイトで貯めたお金は全て子供の頃憧れていた汽車旅へと消えていった。
17歳頃までの2年間は、日本各地の未乗のレールを求め日本中を訪ね歩き、その功績を日本列島白地図に書き留めるが・・・
国鉄(現JR)全線の半分である1万kmを乗車したころ、鉄道趣味誌の影響を受けて自分と同じような行動をする同好の人が多いことに嫌気が差したのと
当時よく聞いていたFMから流れる洋楽の影響を大きく受け、外国に旅立ちたい気持ちが大きくなる。
鉄道乗車区間を記載した日本白地図にも、新潟から海路とシベリア鉄道経由でパリまでの接続時刻をトーマスクックから転記するようになっていた。
外国のアーチストにファンレターを書き、返事をもらえたことなども、外国への強い憧れにつながったものと考えている。


17歳後半から18歳半ばの約半年にかけては、国内汽車旅を自粛。アルバイトに精を出し、渡航費用を一生懸命稼ぎ出した。
渡航費用が準備できても、未成年だった私には保護者の許可がないと旅券(パスポート)を取得することが出来ない。
アルバイトの影響でフリーター同然となっていた私は、帰国後に勉学に勤しむことを両親に誓い旅券取得の承認を得て、1988年11月。18歳で初めて外国(フランス)に旅立った。


生まれて初めて、しかも一人で来た外国は、見るもの、聞こえてくるもの、空気など全てが新鮮。そしてカルチャーショックだった。
この時の旅行期間は約2ヶ月。イギリスを除くヨーロッパ全土の鉄道が載り放題になる「ユーレイルユースパス」をフル活用し、ヨーロッパ中を列車を使って自由に駆け巡り、言葉が出来ないながらも色々な国の人と語らいをもった。
旅行を開始して10日目には全ての荷物を置引きにあうと言う事件にもあったが、この2ヶ月間の列車での移動距離は、なんと約36,000km。実に地球の8/10周に値していた。
これ以来、外国の鉄道に強く興味を持ち、機会を見つけては、列車に乗るために外国に行くことが趣味のひとつとなる。
*この2ヶ月間の旅行の間に、日本は昭和から平成に時代が変っており、私は帰国するまで「平成」を「平政」と本気で思っていた。

 <これまでの主な渡航国>
 フランス・スペイン・ポルトガル・ドイツ・イタリア・サンマリノ・ギリシャ・トルコ・ハンガリー・韓国・アメリカ・メキシコほか

<ひとり汽車旅・のりものの旅>
開設:1998年2月1日
自分の汽車旅等の記録もかねて、パソコン通信NIFTY-Serve(現@nifty)の鉄道フォーラムFTRAINに、旅の記録を公開したのが全ての始まり(1994年)
これより数年の間は、NIFTY-Serve 鉄道フォーラムへの公開を続けていたが、インターネットが世に浸透するのにあわせ、NIFTY-Serveに公開していた韓国鉄道旅行記「明日セマウル乗ろう!」をWEB化し、インターネット上に公開したのが、この「ひとり汽車旅・のりものの旅」のスタートとなった。
以来、自分の旅した記録を、趣味の人以外にも楽しんで頂けるよう分かりやすい表現を心がけ、公開を続けている。
これまでに大きなリニューアルを2度行い、現在のレイアウトは3代目になる。
2004年8月末日の@niftyのメンバーズホームページ閉鎖に伴い、公開サーバーを同社の@homepageに移行する。

サイトの名称 【ひとり汽車旅・のりものの旅】 の由来は、管理人が一人で旅することが多く、その記録を公開していることから名づけたもの。


<海外鉄道旅行愛好者>
開設:2004年2月1日
2003年暮れ頃から急速に広まったWEBLOG(ブログ)によるサイト。
従来型のWebsite(ひとり汽車旅・のりものの旅)は、新しい記事のUPや更新には、htmlと呼ばれる言語による編集が必要となり、その作業は結構な労力を必要とする場合があり、更新が滞ってしまう原因になっていた。
このようなhtmlの編集作業をほとんど行うことなく、だれでも気軽にWebsiteを開設することが出来るWEBLOG。
このWeblogサービスを@niftyがココログという名称で開始したのに合わせ、ひとり汽車旅・のりものの旅のサブサイトとして開設したのが始まり


以来、気軽に書き込めるWeblogの特性を活かし、自宅のパソコンはもちろん、勤め先や携帯電話から、頻繁に新しい記事の投稿を続けいる。
Weblogは、RSSと言われる更新を広く一般に通知する機能を持っており、現在では本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)の数倍のアクセスを保っている。
最近はWeblogの気軽さによる本サイトの更新が滞ってしまうことへの対応として、本サイトのTOPページにWeblogサイト(海外鉄道旅行愛好者)の更新情報を掲載するようにしている。

2004.05.04

ホームページリニューアル進捗状況

GWも半分過ぎてしまいました。
結局ボケーーとしているだけで、のんびりと過ごしています。
GW中の成果と言えば、先日から続けている本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)のサーバー引越しにあわせたリニューアルについて、その大まかなデザインが確定したことでしょうか?
リニューアルと言ってもデザインの変更が主となっていて、その変更点としては、

(1)全てのページにこのWEBLOGと同様TOP画像を張る
(2)横幅を最大800ピクセルとし、それ以上の横幅での表示の場合、センタリングする
*800以下で表示されても、TOP画像が800となっているので、大きくレイアウトが崩れない
(3)現在製作時期によりバラバラになっているページの色彩&レイアウトを標準化する
(4)サーバー容量の制限により、仕方なく無料サーバーに引っ越しいていたコンテンツを本サーバーに集約する(一部を除く)
*これにより、サイト内検索機能を設ける。
(5)weblogの登場により、従来型サイトである本サイトの更新が滞る可能性があるので、本サイトのTOPページにWEBLOGの最新記事情報を掲載する

こんな感じで進めておりますが、デザインが決まっても(3)の作業が相当な労力を費やしそうで、全ての終了にはまだまだ時間がかかりそうです。

2004.05.03

小田急2600形リバイバル塗装車の動画配信

oer2600.jpg

今日、久々に小田急線の撮影に出かけました。
私は列車が好きでも乗るのが主でして、わざわざ電車の撮影を目的に出かけることは先ずないのですが、今回は撮っておきたい電車があったので、実家にちょっと用事があったついでに久々に撮影を楽しんでみました。

今日狙った電車は、写真の小田急2600形。
小田急線と言えば、白いか銀の車体に青い帯が通常ですが、この電車は昔の色のリバイバル塗装されたものです。

この「小田急2600形」。
私が子供の時には、非常に多く走っていた電車で、主に各駅停車や準急に活躍していました。
最寄り駅が各駅停車と準急しか停まらない駅だったので、この2600形には非常に沢山乗る機会があり、私にとって小田急線といえば、まずこの形式が思い出されるぐらい馴染みのある車両です。

この2600形の登場は1964年。実に私の生まれる前で既に40歳となっていました。
さすがに次々に登場する次世代電車への世代交代は進み、最後に残った2600形はこの1本のみとなり、それを記念してか、昨年秋の鉄道の日に登場当時のリバイバル塗装が施され、その後通常に営業運転を行ってきました。

しかしながら残念なことに、今度の6月5日(土)のさよなら運転をもって、引退するはこびとなりました。

この事実を知ったのが、つい数日前。
引退が間近になると、ファンが大勢殺到し、撮影もままならなくなると思ったので、まだ引退までひと月ある今日。普段どおりの自然な姿で活躍する「2600形」をビデオカメラに収めることが出来ました。

電車の撮影は写真も良いですが、動画もまた捨てがたいものです。
動いている電車の音や乗客の方の動きなど、写真では表現しきれない光景がビデオには収められます。
ただ欠点として、その編集が非常に労力が入るのですが・・・

そんな、今日撮影した「小田急2600形」の動画の編集を終え、HPに公開しました。
興味をもっていただいた方のご訪問。心よりお待ちしております。

ひとり汽車旅・のりものの旅 ←ブロードバンドムービー館からお入りください。

2004.05.02

ホームページの移行作業中です。

ゴールデンウィークの長期休暇中ですが、特に出かける用事もない私にとって、この連休は年明けから長いこと懸案になっていた本サイト(ホームページ)の移行作業に費やそうかと思ってます。

現在本サイトを開設している@niftyのメンバーズホームページのサーバーが今年8月末日に閉鎖してしまうため、同社の@ホームページに全ページを移行する必要があるのですが、ただ移行するだけではつまらないので、このWEBLOGと共通のデザイン性をもったページにあわせ改造しようと思っています。

最近はこのWEBLOGばかり更新して、本サイトの更新がおろそかになってしまっているので、weblogと本サイトの垣根を低くしてしまおうと言う思惑もあったりします。

ただこの作業。言うのは簡単なのですが、実際の作業はhtmlの知識が普通以下の私には難しく、自分の思ったとおりのデザインに出来ないもどかしさ、更には自分の技量と将来のメンテナンスを考えた構成を検討するのに、結構な労力と時間を使います。

で、かろうじてTOPページのデザインが固まりつつありますので、こちらで初めて公開してみようかと思います。
皆さんの厳しいご意見などいただけましたら幸いです。

新「ひとり汽車旅・のりものの旅」 


PS、ここまで作業して、今日はこれからちょっと出かけてきます。

2004.05.01

「新幹線つばめ」の車窓から

tsubame_shasou_001.Jpg

新八代を出発した「九州新幹線つばめ」は、高架線上を加速しながら速度を上げていきます。
新八代ー鹿児島中央間の九州新幹線には、途中駅が3つ。新八代側から順に「新水俣」「出水」「川内」。
このうち「新水俣」と「出水」は2本に1本が停車するパターンで、概ね1時間に1本の新幹線が停車。
「川内」は、1日上下1本通過列車があるものの、それ以外は全列車が停車します。

つまり列車の運行パターンは3つになります。
(1)ノンストップ(1日1本)
(2)川内のみ停車
(3)各駅停車

いずれの駅でも九州新幹線開通にあたりJRから第3セクター化された肥薩オレンジ鉄道に接続しています。

新八代から鹿児島中央までは127.6㎞(実㎞)。
この間にトンネルが50個。実に全体の69%がトンネルとなっており、それ以外の区間もトンネルに挟まれた山間部を多く走るため、視界が狭く(写真左) はっきり言って車窓の楽しめる区間は、ほとんどありません。

そんな九州新幹線で比較的長いことトンネルに視界を阻まれない区間として、出水駅周辺があります。
この区間からは、遠くに不知火海(八代海)を眺めることが出来ます。(写真右)
私が乗った日は、あまり天気が良くなく写真もうまく撮れませんでした・・・・・

さて、「新幹線つばめ」は、九州というアジア各国から比較的近く、その隣接国からの韓国客への案内を配慮し、停車駅案内等の「車内放送」は、日本語、英語、中国語、韓国語の4ヶ国語対応となっています。
この対応は素晴らしいと思ったのですが、車内放送の音量が非常に小さく、日本語の案内すら聞き取りにくいものでした。
せっかくのサービスなのですから、車内放送の音量には注意していただきたく強く思ったものです。

あと面白いなと思ったのは「運転手からの放送」があったこと。
飛行機では、ほぼ必ず機長からのアナウンスがありますが、運転中の電車の運転手からの車内放送は、私には過去に記憶がありません。
放送された内容はあまり覚えていないのですが、飛行機とそう変らず「定刻に運転しています」程度のものだったと思いますが、運転室からの生放送?は臨場感を感じ、なかなか好感が持てるサービスかと思いました。

車内サービスとしては、運転時間が短いので車内販売はありませんでした。
その代わりなのか、車掌さんとは別に「案内係りのお嬢さん」が車内を巡回していたのを覚えています。

「川内」に停車すると、「鹿児島中央」まで1駅の利用者が私の乗っていた車両に10人程度乗ってきました。
この「川内ー鹿児島中央間」には朝晩は区間運転の列車も運転されており、短距離利用者が見込める区間のようです。
「川内」を発車すると、すぐ右手に九州新幹線唯一の車庫である「川内車両基地」が見えましたが、残念ながら停車中の車両を見ることが出来ませんでした。

川内から鹿児島中央まで、九州新幹線はたったの12分で走ります。
ただしその間は、またほとんどトンネルなのですが・・・・

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