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ブログ:ココログ

(1.2)日本の列車

2009.05.14

残念 紀州鉄道のキハ603が引退宣言

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和歌山県のJR紀勢本線「御坊駅」を起点とする「紀州鉄道」を走る「キハ603」が、今年(平成21年)中に引退するという情報が入ってきました。非常に残念です。

さようなら「キハ603」 - 日高新報 Web Hidaka

この「キハ603」は、今日本で運転されている気動車としては最古参の部類に入るディーゼルカー。
1960年(昭和35年)に新潟で製造されたので、2009年の今年で、実に49歳ということになります。
元々は大分県の大分交通耶馬溪線用の車輌として登場しましたが、同鉄道が1975年(昭和50年)に廃止されたのを受け、その後「紀州鉄道」に引き取られ活躍をしてきました。
車体の塗装は大分交通時代そのまま。車内も登場時の状態をほぼ残しています。

私は昨年(2008年)1月に同鉄道を尋ね、この「キハ603」に乗ることが出来、そのノスタルジーな車輌に惹かれていたので、今回のニュースは非常に残念です。
既にかなり痛みが進行しているようで、通常運転日の土日でも走っていない日があるようですが、1日も長く活躍してくれることを願っています。

今年(2009年)1月には、耶馬溪線跡も尋ね、廃線跡の風景をビデオを納めてきていますので、これを機に既に編集公開済の紀州鉄道版”擬似乗車ビデオ”の再編集と、本サイトにキハ603を特集した独立ページを作成したいと思っています。

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↑キハ603の車内。

2009.05.10

新型スカイライナーの甲種輸送を見る!

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このようなネタはあまり追いかけないのですが・・・。
新型スカイライナーには少し興味があったので、自宅から武蔵野線の西国分寺まで車で向かって撮影してきました。

新型スカイライナーは、来年開業が予定されている成田新高速鉄道線を経由して、日暮里駅と成田空港第2ターミナル駅を最高時速160km。最速36分で結ぶために作られた車輌です。
最高時速160kmは、ほくほく線の「はくたか」と並び、わが国では新幹線以外の鉄道としては最速の車輌となります。
車輌のデザインは山本寛斎が担当。最高時速160kmを意識したデザインの車輌となりました。

この新型スカイライナーの完成予想図は京成のWEBサイトなどで公表されていますが、実車は完成後の車輌工場ではまだ公表されておらず、京成に運び込んでから公表されます。
そのため、今回行われた甲種回送(電車を作っている工場から、発注会社まで、主に新車を回送することを指します。)では、その姿を可能な限り伏せて、まるで白装束でも着込んだようなスタイルで回送されました。
回送区間は、愛知県の豊川から、千葉の蘇我まで。途中、東海道線・武蔵野線・京葉線を経由して回送されました。

白装束での回送は、数ある甲種回送でも、発注鉄道会社のフラッグとなる車輌の最初の編成だけに行われることが多いようで、そうあるものではありません。
今回は自宅から割と近いところを通ることがわかったので、ビデオをもって撮影してきました。

西国分寺に着いたのは、23:25頃。ホーム端には10人程度の同好の方を見かけました。
西国分寺では約20分停車したのですが、残念なことにホームから新型スカイライナーをじっくり観察できる場所には停車してくれませんでした。

仕方なく、最終電車があることを確認し、新小平に移動。
ここで新小平駅を通過するシーンを撮影。日が変わって0時05分ごろをもって、新型スカイライナーの追いかけを終了しました。

この新型スカイライナーが160kmで営業運転を開始したら、また会いに行ってみようと思います。

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<トラックバック先>
TOMOの鉄日誌: ついに出場!京成の新型「スカイライナー」

2009.03.29

北斗星「擬似乗車ビデオ」用に、カットを撮り貯めています。

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先日、北斗星に乗車したことは、こちらでも報告済みですが・・・
シリーズ化している「擬似乗車ビデオ」を作るには、乗車中に撮影した車窓の動画だけでは満足できず、北斗星の走行中や、駅での停車中の動画と、車窓の動画と組み合わせて作品にしたいと、最近は外から北斗星を撮影することが多くなっています。

しかしながら北斗星は、1日1本しか走らない列車。しかも上野から札幌まで長い距離を走る列車であることから、外から撮ると言っても限界があります。

これまで北斗星を外から撮ることが出来たのは、「上野周辺」「赤羽」「大宮」「仙台」しかありません・・・。
昨日から開始された高速道路の料金1000円の制度を利用させてもらって、埼玉、栃木、福島あたりを走る姿を捉えたいと思ってますが、既に上野から大宮まで編集した動画の長さは、既に17分。
あまりシーンを増やすと、果てしなく長い動画になりそうなので、どこかで妥協が必要かもしれません。

以下、最近撮り貯めた外から撮影した北斗星をいくつかご紹介。

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youtubeにいくつかのシーンを先行公開しています。

2009.03.15

リゾートみのり

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<鳴子温泉駅で25分停車>

昨日(2009/03/14)、仙台駅~新庄駅まで、陸羽東線経由で運転されている「リゾートみのり」に乗車しました。
この列車は、従来型のディーゼル車輌を大幅にリニューアルしたもので、特急列車同様のシートを備えたほか、大きな窓ガラスから沿線風景を楽しむことが出来ます。
運転室直後はフリースペースの展望室。中間車には沿線案内をビデオ放映するイベントスペースまでありますが、種別は全座席指定の「快速列車」。
乗車券のほか、510円の指定席権のみで乗車できます。

ほとんどの乗客は鳴子温泉駅で降りてしまいますが、鳴子温泉駅では25分停車。
改札を出て売店で買い物するも良し、駅構内にある足湯で温泉気分を味会うも良し・・・・
出発時、ホームでは観光協会の方が列車を見送ってくれました。

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<リゾートみのり@鳴子温泉駅>

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<大きな窓から沿線の車窓を楽しめる>

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<運転室直後のフリースペース>

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<鳴子温泉駅にある足湯>

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<宮城県と山形県の行き深い県境。堺田駅>

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<堺田駅を過ぎると荒天で一時的に運行停止。何もない場所で10分程度停車>

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<終点。新庄駅到着。山形新幹線が出迎えた>

2009.03.08

北斗星に乗車しました。次の「擬似乗車ビデオ」予告

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3月6日(金)。上野発の北斗星に乗車しました。
北斗星が登場してから早20年。これまでに区間乗車で2回の乗車経験がありますが、今回は上野~札幌まで初めて全区間を乗りとおしました。
もちろんビデオも持込、車窓をたっぷりと約130分ぶん撮影してきました。
今後この130分の中からエキスだけを抽出し、「擬似乗車ビデオ」シリーズに加えたいと思っています。
それにしても上野-札幌間16時間。予備バッテリー1つではギリギリでした。無事札幌まで持ってくれて良かった良かった。

2009.02.08

大分交通耶馬溪線跡を尋ねて(2009/1訪問)

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前記事の日田彦山線を尋ねた後、大分交通耶馬溪線の廃線巡りをしてきました。
大分交通耶馬溪線は、大分県の「中津」と、日田の山を挟んで反対側にある「守実温泉」を結んでいたローカル私鉄で1975年(昭和50年)に全線が廃止されています。
路線としてはそれほど有名ではないのですが、30年以上前に廃止されたこの路線を走っていた車輌が、今も別の路線で現役活躍しており、驚かされます。その路線とは後ほど・・・

廃線で引退した車輌を譲り受け、レストランの食事スペースとして今も使用されているのが、上の写真のお店。
ここには大分交通の車輌が今でも4両保存されており、レストランのほか宿泊設備としても活用されています。

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上の写真は宿泊施設として使用されている車輌。

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廃線後は、30年以上前の廃線にもかかわらず、かなり残っておりサイクリングコースとして活用されています。
上の写真は耶馬溪近くにかかる鉄橋跡。廃線マニアには有名な橋のようです。

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駅の跡もかなりしっかり残っている場所が多いです。
上の写真はサイクリングコースのトイレとして今も役割を果たしている駅。プラットホームがしっかり残っている。

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最後はこの路線を走っていた車輌。
和歌山県の紀州鉄道に残るこの車輌は、この大分交通耶馬溪線を実際に走っていた車輌。
人生の中では既に3/4は和歌山での活躍となりますが、車輌の色やデザインは、ほぼ大分交通時代と変わっていません。上の写真の保存車輌と見比べてください。

耶馬溪線跡訪問時、ビデオももちろん撮影してきましたので、今後昨年訪問した紀州鉄道の動画と組み合わせて再編集し公開したいと考えております。

2009.01.25

雪景色の日田彦山線

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この週末は全国的に冷え込み、九州地区でも積雪が記録されました。
ちょうど九州にいたこともあり、以前から興味のあった日田彦山線のめがね橋(アーチ橋)を尋ね、雪景色と列車を絡めてビデオ撮影してきました。

めがね橋(アーチ橋)は、同線の大分側である大行司駅と筑前岩屋駅の間に3本架かっています。
周辺は静かなところで、列車が近づいてくる音も楽しめるのですが、残念ながら撮影中に撮影場所から10メートルぐらい離れた道路を車が通過してしまい、ビデオカメラがその音を拾ってしまいました。

でも雪景色の中を単行で走る黄色いディーゼルカー。
なかなか見ることの出来ないシーンを撮影できたことは光栄なことと思います。

ワンカットではありますが、YoutubeにHD画質でアップロードしましたので、興味のある方にご覧頂ければ幸いです。

HD画質 雪景色の日田彦山線(ワンカット) [Youtube]

2008.12.28

ゆいレール (ワンカット動画付)

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2008年(平成20年)も残り僅か・・・
私的な話ですが、今年は残念ながら海外の鉄道を訪問する機会がありませんでした。
2003年~5年間。計6回の連続渡航記録も途絶えてしまうことになります。

その代わりという訳ではないのですが、先日沖縄を訪問しました。
最近まで沖縄は日本で唯一鉄道のない県であったためもあり、なかなか訪問する機会がなかった場所ですが、2003年(平成15年)にモノレール(ゆいレール)が開通。これにより沖縄も鉄道を保有する県になりました。

ゆいレール開通以降、訪問する機会を伺っていましたが、上記のとおり海外訪問に熱心だったこともあり、開通から5年経ってやっと乗車が叶いました。

当然ながら今回もしっかりビデオを撮影してきましたが、まだ編集には至っておりません。
最近のほかの路線訪問時と同じように、かなり長い時間ビデオを撮影しましたので、編集は年末年始の休み期間を利用したいと考えています。

まずは、Youtubeにワンカット物を登録しましたので、そちらをご覧頂ければ幸いです。
最近流行り?のHD画質にもなるよう工夫してアップロードしましたが、HD画質で再生すると音声がおかしいのはお許しください。

2008.12.14

0系引退

先月末で営業運転を終了した0系。
営業運転終了後に行われていた「さよなら運転」も今日の運転で終了。ついに0系が新幹線から消えることになりました。
私にとっても中学生の修学旅行時に始めて乗った新幹線がこの0系。というより0系しか運転されていない時代でした。
これまでの活躍。本当にお疲れ様でした。

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私が最後に撮影した営業運転中の0系(2003年9月:小倉駅にて)

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博多駅に到着すると向かいのホームには、旧塗装の100系が止まっていた。

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イギリスのヨーク鉄道博物館に保管されている0系。近々大宮の鉄道博物館にも0系が搬入されるという。

2008.09.15

リバイバル信州(しなの鉄道)

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しなの鉄道で、同社の所有する国鉄型急行車両169系を往年の国鉄色に戻し、2008年9月13日から運転を開始しました。
運転2日目の9月15日。ちょうど軽井沢にいたこともあり、この車輌を見てきました。
ビデオカメラやデジカメを持ち合わせていなかったので、携帯でしかその姿を納めることは出来ませんでしたが、この塗装は、個人的には実に懐かしい・・・・

20年ぐらい前には、この169系や165系は当たり前のように走っており、自分もずいぶんお世話になったものです。
今現在、169系や165系はJRからは完全に姿を消しましたが、このしなの鉄道でしばらくの間その雄姿が見られると思うと、機械があればビデオを持って再訪したいものです。

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【動画】ニコニコ動画・・・中軽井沢に入線する169系リバイバル信州(携帯電話で撮影)


【リバイバル信州を取り上げているBLOG】
Kaz-T's blog レインボーライン: 旧信越本線開業120周年! しなの鉄道「リバイバル信州」号運転
TOMOの鉄日誌: 奇跡の湘南色復活!しなの鉄道169系「リバイバル信州号」を撮影する

2008.09.07

雨宮21号を尋ねました。(北海道丸瀬布)

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先月末、北海道の丸瀬布という場所を尋ねました。
丸瀬布には、かつてこの地を走っていた森林鉄道に使用された蒸気機関車「雨宮21号」が、早い時期から動態保存され、観光客を楽しませてくれています。
この「雨宮21号」。北海道を最初に走った国産蒸気機関車とのことで北海道遺産なるものにも指定されています。
また連結されている客車も、かつて岡山の軽便鉄道で使用されていた本物。
路線長も2キロほど整備されており、かなり本格的な保存鉄道です。

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しかしながら丸瀬布という場所。
JR石北線が通る町ではありますが列車の本数が少なく、更にこの蒸気機関車が保存されている「いこいの森」は丸瀬布駅から9キロ離れた山の中。駅からバス便はあるものの1日3本しかありません。
このSLをじっくり楽しむには、旭川や遠軽などからレンタカーを借りていくのがベストでしょう。

【動画】
・ニコニコ動画 http://www.nicovideo.jp/watch/sm4477093
・Youtube http://jp.youtube.com/watch?v=Brq2ppLBjAU

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2008.04.13

SL山梨桃源郷号(動画)

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4月12日(土)。満開の桃の花を見るために山梨県に行ってきました。
今年はこの桃の開花時期に合わせ、甲州路の甲府-塩山間に蒸気機関車が復活運転されており、こちらも拝めることが出来ました。
運転時刻も調べずに山梨へ向かったため、SLの終点となる塩山駅の駅員さんに「SLはどこに行けば見れますか?」と趣味人らしくない質問をして向かったのは山梨市駅。
写真を含め、記事は本サイトのほうにアップしましたので、そちらを参照ください。

SL山梨桃源郷号(動画付)【ひとり汽車旅・のりものの旅】

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【動画】
YouTube版
ニコニコ動画版
限定ハイビジョン版(ワンカット)

<トラックバック送信先>
SL山梨桃源郷号(D51) | kahy.info あおいのナチュラルライフ
桃源郷に響く煙 「SL・EL山梨桃源郷号」 Kaz-T's blog レインボーライン

2008.03.23

メトロホームウェイ乗車!(動画付)

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3月15日から運転を開始した小田急ロマンスカーMSE(60000形)を使用した地下鉄直通ロマンスカー。
小田急が縁が鉄道に興味を持った私としては、新しいロマンスカーの登場は、沿線から離れて13年たった今でもたいへん興味深い出来事。
早速、営業開始3日目に「メトロホームウェイ71号」に乗車。地下鉄内のロマンスカーを体験してきました!

素直な感想としては、外装・内装ともデザインは素晴らしいのですが、椅子が硬かったり、加速減速時のモーター音が少し耳障りに感じたりと、いくつかの気になる点もありました。
ただ総合評価としては、非常にレベルの高い車輌であることは間違えなく、きっと次回のブルーリボン賞を獲得してくれることになるでしょう。

ところでMSEの「M」はメトロのMではなく、マルチのMとのこと。
確かにMSEは、通勤特急・地下鉄直通・分割機能のほか、箱根特急としても活躍できるマルチな車輌。
こんな何にでも使用できる車輌ということは、将来、小田急ロマンスカーは全てMSEになってしまうのではないかと思うこともあります。
私個人的には小田急ロマンスカーは、用途や登場する時代によって、いくつかの種類が今後も同時に活躍してくれることを望みたいと思います。

さて最後になりましたが、乗車中に撮影した車窓を中心とした動画を作成しました。
地下鉄線内及び夜間の走行なので、車窓はほとんど楽しめませんが、メトロホームウェイの様子を感じ取って頂けたら幸いです。

<動画>
・ニコニコ動画バージョン
YouTubeバージョン

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2008.02.16

MSEの千代田線試運転動画(補助警報付)

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(写真は霞ヶ関に停車中)

3月から小田急線の新型ロマンスカーMSEが東京メトロ千代田線に乗り入れます。
営業運転まであと一ヶ月に迫り、地下鉄線内での試運転を見かけることが多くなりました。
昨日(2/15)、二重橋前駅を通過するMSEを携帯電話の動画機能で撮影することに成功しました。
ホーム入線時には、あの補助警報(ミュージックホーン)が奏でられ、地下鉄のトンネルの中で響いていました。

動画をダウンロード(二重橋前を通過するMSE)

2008.01.30

紀州鉄道を尋ねてきました。(動画付)

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先日、和歌山を訪問する機会があり、その帰りに少し時間を作って紀州鉄道を尋ねてきました。
この鉄道は前線で2.7kmしかない路線で、もうすぐ車齢50年になるレトロな車両が走る。どことなく時代に置いてきぼりにされてしまったような雰囲気のある鉄道会社です。

詳細については本サイトで紹介したいと思っていますが、まずは当日撮影した動画を「擬似乗車シリーズ」風に編集しましたので、ご紹介します。

<youtube版>
http://jp.youtube.com/watch?v=6IYsg7tLyqY

<ニコニコ動画版>
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2159163


<その他、動画のカットから>
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2007.11.17

ハイビジョンカメラ導入!!(JR九州の特急列車撮影)

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先日ついにハイビジョンカメラを入手しました。私にとって3代目のビデオカメラになります。
私は3年ほど前から列車をビデオに収めはじめました。最初は静止画のついで程度だったビデオ撮影も、旅先の雰囲気をリアルに持ち帰ることが出来ることにはまってしまい、今では鉄道旅行のメインがビデオ撮影になりつつあります。

そんな中、やはり最近気になっていたのはハイビジョンカメラ。
インターネット上で列車の動画を公開しているサイトのいくつかで見ることの出来るハイビジョン動画を拝見し、その鮮明さに感動すると同時に、自分の旅の相棒もハイビジョンカメラとして、従来のカメラ以上に鮮明な映像で持ち帰ってきたいと思うようになりました。

機種の選択には大きく悩みましたが、画質とコストパフォーマンス。更には編集するパソコン能力を考慮し、キャノンの「HV20」を選びました。
現在民生用のビデオカメラは、ハードディスクやDVDに録画する「AVCHD」という規格が主力ですが、私の選んだ「HV20」は、AVCHDではなく「HDV」という規格で記録媒体は従来のビデオと同じDVテープを使用します。

カメラ本体の操作性や携帯性などはAVCHD規格のほうが優れている製品が多いのですが、AVCHDはHDVに比べ圧縮率が強いため、編集に使用するパソコンに高い能力が求められるほか、この強い圧縮が動く被写体には弱いという意見も多く見かけます。また規格そのものが発展途上でもあるようです。

一方「HV20」の採用するHDVは、記憶媒体がテープであるため操作性がハードディスクやDVDなどに劣りますが、AVCHDに比べ圧縮が弱いためパソコンでの編集は、従来のビデオとほぼ同様に扱えるほか、動く被写体にも強いほか、全体的な画質もAVCHDに比べHDVの方が良いようです。
その証拠?として業務用ハイビジョンカメラはHDVが採用されていると聞きます。
またカメラ本体の価格もHDV方式のほうが安く、大容量になるハイビジョン画質の映像も録画したテープに半永久的に残せることも、今回HDV方式のカメラを選んだ理由のひとつです。


さて前置きが長くなりましたが、当サイト初のハイビジョン映像を次のとおり公開させて頂きます。
撮影時間が夕方だったこともあり、カメラの性能が十分に発揮できていないと思われるのと、テスト撮影のため手持ちでの撮影となっていることから画面の揺れがあることをご了承ください。

Kamome

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Tubame

Hayabusa

【動画はこちらから】
ハイビジョン動画 JR九州特急列車

2007.10.21

MSE 小田急新型ロマンスカーを見に行く!!

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2007/10/19に報道発表された小田急の新型ロマンスカー「MSE」60000形。
このロマンスカーが報道公開の翌日(10/20)に同社の海老名車庫で開催される「ファミリー鉄道展」で展示されるということで、6年ぶりに小田急のイベントを覗いてきました。

前回尋ねた2001年は、天候が悪かったこともありゆっくりとNSEなどを見ることが出来たのですが、今回は発表されたばかりの「MSE」が展示されるとあって凄い人出・・・・
「MSE」以外にも、引退後の1993年からずっと屋内の保管設備に入っていた初代ロマンスカーともいうべき「SE」が約14年ぶりに屋外に引っ張り出され展示されたことも注目されます。

ただ人が余りに多かったからか残念なのは、これらロマンスカーは「車輌撮影」の列に並ぶか、「車内見学」の列に並ぶかしないと見ることは出来ませんでした。
私は「車輌撮影」のほうに並びましたが、並びはじめてから車輌を撮影できるまで約20分かかりました。
「車輌撮影」側から撮影可能なのは、「SSE」「NSE」「LSE」「MSE」の並び
1回50名程度に区切り、約3分程度の完全入れ替え製でありました。

登場当時の姿に復元されている「SE」の顔は、「車内見学」側の列に並ばないと撮影できないのですが、残念なことに私が並ぼうとした13:30過ぎには既に人の多さから列に並ぶことを許されず、まったく拝むことが出来ませんでした。
注目される「MSE」の平面顔も「車内見学」のコースに入っているLSEの車内からしか撮れなかったようです。

それにしても「車輌撮影」か「車内見学」のいずれかの長蛇の列に並ばないとロマンスカーを一切拝めないというのは、本来のターゲットであるファミリー層には辛い方々もいらしたのではと思われます。

第2会場といわれる場所は、完全な物販市場・・・・
関東関西の鉄道会社がオリジナルグッズを販売し、多く人で賑わってました。
この第2会場の小田急レストラン?ブースで目に付いたのが「MSE」パッケージのロマンスカークッキー
やることが早い!!

このブースには昔のロマンスカーで営業していた「走る喫茶室」の制服を着たお姉さんがいてびっくり!
「日東紅茶」「森永」の両制服ともに着用されていましたが、残念ながらこれに気づいたり懐かしく思う方も少なかったようなのが残念でした。

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2007.10.08

小田急4000形のほか、多摩急行コンプリート動画

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10月の3連休。2日間に渡って小田急線の動画撮影に出かけ際、新型の4000形や東京メトロ06系を撮影することが出来ました。
いずれもスナップ程度の動画ですが、多摩急行に使用されている車輌を動画でコンプリートできましたのご紹介します。

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小田急ロマンスカーの動画を撮る!

7月に小田急ロマンスカーに登場したLSEの旧塗装をビデオで収めたく、昨日、今日と小田急沿線にぶらりと出かけてきました。
旧塗装は1編成しかないため、撮影チャンスは1日に数回しかないので、他のロマンスカーの動画もあわせて撮影してみました。
残念なことに目的であるLSE旧塗装は、通勤路線上、列車がかぶさってしまったり、ビデオカメラの調子が悪いなど、納得のいく撮影が出来なかったので、またリベンジに尋ねたいと思っています。

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2007.09.15

島原鉄道南目線のキハ20系を尋ねて(動画)

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8月に訪問した島原鉄道南目線で撮影したビデオの編集が終了しました。
南目とは現地の用語で南に向かうという意味があるとのこと。残念ながら島原鉄道の南目線と呼ばれる南島原-加津佐間は来年(2008年)3月31日を持って廃止される見通しです。
ビデオではこの南目線を走るキハ20系を中心に収めてあります。全国的にも貴重な存在になりつつあるキハ20の雄姿をご覧頂ければ幸いです。

<Youtube>
島原鉄道南目線のキハ20系を尋ねて(前編)
島原鉄道南目線のキハ20系を尋ねて(後編)

<ニコニコ動画>
島原鉄道南目線のキハ20系を尋ねて

<Yahoo!ビデオキャスト >
島原鉄道南目線のキハ20系を尋ねて

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島原鉄道トロッコ列車(ハッピートレイン)

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島原鉄道の動画第2弾はトロッコ列車
島原-深江間を往復する車窓からは、まだ噴火の跡が生々しい雲仙普賢岳の雄大な景色を楽しめます。
残念ながら撮影日は、雲仙に雲がかかっていましたが、動画からはトロッコ列車ならではの開放的な雰囲気を感じてもらえると思います。

[*]島原鉄道では、このトロッコ列車の運行区間を含む島原外港-加津佐間を2008年3月31日に廃止する予定です。

2007.08.25

島原鉄道訪問

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先週、島原鉄道を訪問した際に撮影したビデオを編集してみました。
暫定的に北線のキハ20に絞ってまとめました。
南線を含めたプロモは別途製作予定です。


2007.08.13

「廃線後のくりでんを尋ねて」ビデオ公開

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2007/03/31の廃線後。約3ヵ月後の6月にくりでんを訪問した際に撮影したビデオを編集してみました。
6月の映像だけでは動く列車がなく単調な映像となりそうだったので、3月に撮影した動いている列車の映像をモノクロで数カット入れてみました。

2007.08.05

ロマンスカーで小田原へ

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↑ロマンスカーHISE(小田原駅にて)

2007/08/04(土)。久々に小田急ロマンスカーに乗って観光してきました。
実は小田原に行くことは家を出てから決定したために、小田急ロマンスカー登場50周年を記念した旧塗装の7000系には乗れませんでしたが、新宿から小田原まで乗車したロマンスカーは、希少なロマンスカーになりつつあるHISEでした。

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↑各ロマンスカーに貼られた「50周年記念マーク」

ロマンスカー50周年を記念して、車内でコーヒー等のソフトドリンクを頼むとプラス50円でオリジナルデザインのカップで提供され、カップを記念に持ち帰ることが出来ます。
カップにはVSE、EXE、HISE、LSE旧塗装のデフォルメされた姿が描かれたプラスチック製で、軽く持ち帰りの際に壊れることのないように配慮されているようです。

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↑ロマンスカー車内で提供される50周年記念カップ

小田原では小田原城をゆっくり散策しました。実に20年ぶりぐらいだったでしょうか?以前のことは全く覚えていません。
天守閣からは小田原駅がよく見え、VSEがオルゴールを鳴らしながら入線していくシーンが見られました。

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↑小田原城天守閣

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↑天守閣から見た小田原駅 VSEの姿が見える

小田原からの帰りは、旧塗装のLSEかVSEか少し悩みましたが、一緒だった娘がVSEに乗ったことなかったこともあり、乗ってからのインパクトもあるVSEで帰りました。
展望席ではありませんでしたが、新宿よりの先頭車に席を取り、時々なる補助警報やシートサービスを楽しんできました。

今回の小田原訪問は、娘の自由研究のため小田原城を尋ねたものでしたが、たまには鉄道メインでない小旅行も楽しいかなと感じました。

PS
小田原城お堀前にあるおそばや「田毎」のごまとおろしで食べるおそばはおいしかったです。

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↑帰りはVSEの先頭車で、時々鳴らされる補助警報を楽しみました。

小田原駅で撮影したHISEの入線・出発風景です。

2007.06.17

廃止後のくりでんに初訪問

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↑若柳駅構内(2007/06/16撮影)

2007年3月31日をもって約90年の歴史に幕を閉じた「くりでん」こと「くりはら田園鉄道」を、6月16日(土)。約3ヶ月ぶりに再訪しました。
今回は盛岡に用事があり、荷物も多かったこと。廃止後のくりでんを訪問したかったこと等の理由で自家用車で尋ねました。

始発駅の石越。車庫のある若柳。定期的に列車交換が行われた沢辺。今もバス待合室として残る栗駒。終点細倉マインパーク。と3ヶ月前にビデオを撮るために降りた駅。撮影ポイントをすべて訪ね歩きました。

3ヶ月前の現役当時と大きく違うのは、くりでんの特徴だった架線柱が全線に渡ってなくなっていたこと。
くりでんは架線下のディーゼルカーが印象深く、田んぼの中の線路も架線で追うことが出来たのですが、今は見事に架線柱がなくなってしまいました。
そのほか姿を変えてしまったものとして、踏み切り遮断機と各駅のホームにあった駅名板には気がつきましたが、あとは見事に現役時そのままでした。

車輌も若柳の車庫に全て残っており、なんと最終日の飾りつけを残したまま留置されていました。
今にも動いてくれそうな車輌に近づいてみると、ライトや連結器の付近にはクモの巣がついており、これには時間の経過を感じざるを得ませんでした。

この訪問の様子は別途、WEBサイトで公開したいと思います。

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↑若柳駅構内(2007/06/16撮影)

2007.06.03

小田急ロマンスカーLSE車の旧塗装が復活!

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[↑小学生時代に撮ったLSE]

個人的にとても歓迎する鉄道ニュースが入ってきました。
小田急ロマンスカーの運転開始50周年を記念して、現在も活躍するロマンスカーLSE車(7000形)をデビュー当時の塗装に戻し運転するとのこと。
特に7月6日(金)には「旧塗装特別記念号」が運転され、当時服装を着用したアテンダントが当時と同じように乗車改札をおこなうようです。
これは小田急ロマンスカーを目の前で見て育った私にとって、心躍るイベントになりそうです。

LSE車は1980年12月にデビューした3代目のロマンスカーです。
デビュー当時は、同社の先輩にあたる2代目ロマンスカーNSE車・ならびに改造されて登場時とはかなりデザインが変わった初代ロマンスカーSSE車同様のオレンジバーミリオンと呼ばれる塗装で登場しました。

LSE車は私が鉄道に興味を持った小学生の多感な頃に登場したこともあり、デビューを知らせる駅張りのポスターやはじめて同車が目の前を通過していったことを強烈に覚えています。
LSEが営業運転についてからしばらくは、小学生ながら少ないお小遣いを握り締め町田-小田原間で何度も乗車したことを覚えています。
当時は小田原駅のロマンスカーの指定席販売窓口にLSEの運行予定が貼られていたのもよく覚えています。
LSE車の流線型の車体は当時の私にとって憧れの存在だったと思います。
今思えば、東海道線での試運転を見ることが出来なかったのが悔やまれます。

そんな小学生の頃の憧れだったLSE車も、後輩あたるHISE車が1987年に登場し、同車が従来のロマンスカーとは全く異なる塗装で登場しその塗装が乗客に浸透したことをうけてか、1995年にリニューアルを機にHISEと同じ塗装に塗り替えられ現在に至っています。

今回の旧塗装復活は来年(2008年)春までとなっています。
その頃には次世代ロマンスカーMSE車がデビューすることもあり、もしかするとそれと引き換えに今回旧塗装に戻されたLSE車が廃車になってしまうことも考えられます。

小学生時代に憧れたLSEの往年の姿復活。
7月以降、小田急線に通う回数が増えそうです。

<関連記事>
小田急プレスリリース ロマンスカー・LSE(7000形)がデビュー当時の旧塗装に復活

2007.05.05

茨城交通 湊線 旧国鉄色を尋ねて(動画付)

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ゴールデンウィークの5月4日みどりの日に茨城交通を尋ねました。
茨城交通には旧国鉄タイプの車輌が現役で存在し、その内3両には、国鉄時代の3種類の塗装が施されています。
通常は単行または2両で運行されているのですが、ゴールデンウィーク中の3日間は、この3種類の国鉄色の車輌を日々連結順位などを変えて運行するイベントを行いました。

最近古い車輌や路線に惹かれていることもあり、昨日茨城交通を尋ね乗り鉄とビデオ撮影を行ってきました。
ちょっと前までは乗り鉄が主体だったのですが、ビデオに記録しようとなると長時間の滞在になります。
この茨城交通も往復なら2時間もかからないところ、今回は約7時間の滞在となりました。
1つの路線を乗ったり、撮ったりでじっくり楽しむ。最近はこんな傾向に落ち着きつつあります。

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【動画】「茨城交通湊線 旧国鉄色を尋ねて」をダウンロード (53カット 約15分30秒)

2007.04.28

仙台空港アクセス線に乗ってみました!(動画付)

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昨日、仙台に訪問した際、仙台空港アクセス線に乗って来ました。
仙台空港アクセス線は2007年3月18日に開業したばかりの新路線。
使用されている車両も721系と呼ばれる新型車両で、仙台-仙台空港間を最速17分で結びます。

動画は仙台駅、長町駅、仙台空港駅で撮影しました。
あまりカットは多くないのですが、雰囲気は感じてもらえると思います。

【動画】仙台空港アクセス線をダウンロード


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仙台駅では元急行形車両の455系の姿も見ることが出来ました。

2007.04.01

さようなら!くりでん[くりはら田園鉄道] (動画付)

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昨日(2007/03/31)、くりでんことくりはら田園鉄道が廃線になってしまいました。
その名のとおり、宮城県北部の田園地帯をのんびりと走っていた90年の歴史を持つ鉄道でした。
私とくりでんの出会いは、廃線一週間前の3月24日。
廃線間近のたった1日の訪問でしたが、もっと早くに訪れるべきだったと思わずにはいられないほど、昔懐かしい鉄道設備と独特の雰囲気を持った鉄道であったと思っています。

廃線当日の昨日、同鉄道を思い出しながら、撮影してきたビデオを編集しました。
石越~細倉マインパーク前まで、順を追って40カット15分の作品となりました。
くりでんに思い入れのある方はもちろん、くりでんを訪問することが出来なかった人にも、この作品でくりでんを思い出してもらえれば作者としてうれしい限りです。

動画「さようなら くりはら田園鉄道」をダウンロード

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2007.03.28

西武新宿線を走った御召列車(動画付)

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↑川越に向かうNRAの御召列車

本日(2007/3/28)。西武新宿線に御召列車が走りました。
これは来日中のスウェーデン国王と天皇・皇后両陛下が川越をご訪問されるのにあわせ運転されたもので、西武新宿-本川越間を往復しました。

西武新宿線は私が毎日通勤で使っている路線。
その路線に御召列車が走るとあってはぜひ見てみたいと思うのは、自然の成り行き・・・
ちょうど今日までに、どうしても銀行に本人が行かなければならない用事があったので、御召列車と銀行訪問をするため仕事をお休みし、この御召列車をビデオ撮影してきました。

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↑川越から新宿に向かう上り御召列車


WEBサイトに詳細な記事をアップしました! こちらからお願いします!

動画も上のリンクに移動しました。

2007.03.25

くりはら田園鉄道を訪問

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今月末で廃止されてしまう宮城県北部の地方鉄道「くりはら田園鉄道」に、昨日訪問しました。
列車は1時間に1本程度の運行なので、途中下車して古い駅舎や過ぎ去る列車にビデオを向けたりと、約7時間にもわたる訪問となりました。
昨日は、予備車扱いで普段は動くことのない、元名鉄の車両が団臨で運転され、更に天気は雲空。
ビデオを撮影には実に最適な条件だったと思います。

暫定ビデオ「若柳駅構内風景」をダウンロード

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2007.03.11

湘南モノレール訪問(動画付)

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昨日、10年以上ぶりに湘南モノレールを尋ねました。
湘南モノレールは日本で最初の実用型懸垂型モノレールであるとともに、アップダウンが激しく、住宅のすぐ脇を高速で走行することでも知られています。
この日は東京駅から「鎌倉・江の島フリーきっぷ」使用して尋ねました。
この切符はJRの大船-鎌倉間、大船-藤沢間、湘南モノレール、江ノ電が2日間乗り放題になる切符で、江ノ電に乗らずとも、湘南モノレールを往復するだけでも十分元が取れるお得な切符です。

この湘南モノレールのビデオ撮影の感想として・・・
良い点は、モノレールの運転感覚が約7分間隔と短いので、何度でも列車が狙えます。
一方困った点として、道路の真上を通っているところが多く、地上での撮影ポジションが定めにくい点
更に頭上を通り過ぎるという点では、今までにないカメラアングルが要求され、列車が綺麗に画面から消えてくれないことが多かったです。
また、レールが列車の上にあるため、列車の前面に陰が出来やすいことも特徴かと思います。

動画「湘南モノレール(大船-湘南江の島)」を見る

<湘南モノレールを扱ったサイト>
湘南モノレール
鉄道のある風景weblog:紹介>湘南モノレールと千葉都市モノレール

2007.03.10

ホリデー快速「かまくら」号 (車窓動画付)

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休日の今日。
午前中に都心に出る予定があり、その予定も早めに終わってしまったので、久々にひとりでぷらりと小さな汽車旅をしてみました。
そんな汽車旅の中、本日最後に乗ったのが写真の「ホリデー快速かまくら号」
大宮-鎌倉間を武蔵野貨物線経由で結び、この列車でないとなかなか乗ることの出来ない貴重なルートを走ることで、鉄道ファンにはそれなりに知られた列車かと思います。

武蔵野貨物線とは武蔵野線の一部で「武蔵野南線」と呼ばれることもある鶴見-府中本町間のことを指します。
この鶴見-府中本町間は、立派な線路なのですが、通常は貨物列車専用となっているため、時刻表や車内・駅にある路線図には一切のっていません。
ここを通る旅客列車は、団体専用列車などの臨時列車が月に数本通るのみで、それ以外は写真の「ホリデー快速かまくら号」が土日に1往復しているのみです。

ルートとしては、東海道線の鶴見から分岐し、新鶴見機関区(新川崎駅の隣)の脇を通ると、長大なトンネルに入ります。
このトンネルを抜けるとすぐにあるのが、JR貨物の梶ヶ谷貨物ターミナル駅で、この付近で東急田園都市線と交差します。
梶ヶ谷貨物ターミナル駅を出るとまたすぐ長大トンネルに入ります。このトンネルは「生田トンネル」と呼ばれるもの。
名前のとおり、小田急線の生田駅付近の地下をとおり、よみうりランド遊園地の真下をとおり、京王相模原線の「稲城駅」付近で出口を迎えます。
稲城からは中規模のトンネルを1本越えると、右手に南武線が現れ、一緒に多摩川を渡り、府中本町に入ります。

この列車に乗るのは2度目で、以前は165系での運転でした。
以前の乗車から10年以上の歳月がたちますが、その時も今日も乗車率は低く、各ボックスが埋まる程度でした。
「横浜」の次が、武蔵野線の「北府中」という、一般人には想像すらすら出来ないルートを走るこの列車。
今日も乗り間違えていると思われる人を数人見かけました。
乗車率が低く、乗り間違えるととんでもない目にあわされるこの列車。存続の意味ってなんだろうと思わず考えてしまいます。

もっとも大宮から鎌倉方面の利用は多いのかもしれませんが・・・・

【動画】
「ホリデー快速かまくら」多摩川~府中本町の車窓

2006.12.26

JR東日本の中央線に今日登場した新車「E233系」を動画で撮ってみた!

E233

今日(2006/12/26)、JR中央線に新型通勤車両E233系がデビューしました。
中央線にとっては、現在の201系以来、約25年ぶりの新型通勤車両で、約1年かけて全車両がこのE233系に置き換えられます。
そんなわけで、今日はまだ1編成しかデビューしていない珍しい車両ですが、今後凄い勢いで増殖をはじめ、あっという間に、そして気がついたときにはこのE233系しかいないということになってしまうのでしょう・・・

私は乗り鉄派なので、あまり通勤電車には興味はないのですが、中央線の武蔵境駅は自宅から2番目に近い最寄り駅で、月に何度か利用させていただいている路線。
その路線に登場した新型通勤電車ということで、今日の帰宅時に「神田駅」と「中野駅」でビデオに収めてきました。

「動画」をダウンロード


【関連記事掲載サイト】
TOMOの鉄日誌: 主役交代!中央快速線の新車E233系が本日デビュー
Kaz-T's blog レインボーライン: 中央快速線 E233系デビュー
THE diary from 5丁目 マニ活日記vol,161 中央線新時代の幕開け  E233系営業運転開始!

2006.12.23

熊本電鉄5000系の動画が完成!

Photo
[北熊本駅で佇む最後の現役5000系2両]

先週末、九州に行ったついでに熊本電鉄を尋ねました。
目的は全国で唯一現役で活躍している元東急5000系に乗ること。そしてビデオ撮影をすること。
この5000系は昭和29年に登場し「青ガエル」の愛称で親しまれた日本の鉄道史上、の名車のひとつであると思います。

東急では登場当時、渋谷-桜木町を結ぶ看板列車として扱われ、晩年では大井町線などで活躍しましたが昭和61年までに全車が引退しました。

しかしながらこの5000系のサイズは地方の鉄道にマッチしていたようで、福島電鉄、長野電鉄、上田交通、松本電鉄、岳南鉄道、熊本電鉄に譲渡され、第2の人生を歩みました。
現在はこの熊本電鉄以外の地方鉄道からは引退してしまい、この熊本電鉄に残った2両が唯一の生き残りとなっています。

東急での現役当時と違い、1両での運転を可能とするため、妻面側にも運転席が増設されましたが、2年ほど前から東急時代の緑一色となり、東急時代を思い出させる姿で活躍をしています。

熊本電鉄は多くの地方鉄道と同様、乗客の少なさから経営が厳しくなっており、52年間で連続赤字を計上しています。
生き残り策として、熊本市電への乗り入れ、LRT化の計画を模索していますが、この計画が軌道に乗らない場合は、熊本電鉄そのものの存続も危険な状態です。

このビデオを機に、多くの方が唯一生き残った5000系を尋ねるきっかけとなり、さらにそれが熊本電鉄の増収の一環に繋がって頂ければ幸いです。

【ビデオ】
今回は16:9(ワイド画面)で製作しました。35カット(9分37秒)
「熊本電鉄5000系」のビデオを見る


【熊本電鉄5000系を扱っているサイト】
熊本に残る元東急青ガエル5000系(コウさんのコウ通ブログ)
わいまブロぐ -ymaBLOg- - [熊本電気鉄道・熊本市交通局] 熊本出張(3日目)
Kaz-T's blog レインボーライン: 最後の「青ガエル」 熊本に健在!

2006.08.31

500系新幹線 東海道から引退へ

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しばらくBLOGを更新していませんでしたが、今日さみしいニュースが入ってきたので、久々に書き込んでみました。

本日、yahooニュースと読売新聞のWEBサイトで500系新幹線が来年(2006年)夏に東海道からの引退が報じら、びっくりしていると同時に、来るべきときが来てしまったかなという印象です。
新幹線車両はその速さ上に、1日の走行距離が長い等のことから、一般の在来線車両より寿命が短いといわれていますが、東海道新幹線からの引退。東京駅でその雄姿を見ることができなくなることに寂しさを感じます。

ここで、少し500系のお話を・・・

500系新幹線がJR西日本のスターとして営業運転に登場したのは1997年(平成9年)3月22日。
これまでの新幹線とまったく異なる未来の車両を感じさせるスタイルは、鉄道ファンだけでなく一躍世間の注目を集めたと記憶しています。
営業運転当初は開発したJR西日本管内の新大阪-博多間だけの1日2往復体制だったと記憶しています。
この当時、東京で見ることのできないこの新幹線500系を九州出張中にわざと時間を作って博多駅まで見に行った思い出があります。

営業運転開始から8ヶ月後の、1997年(平成9年)11月29日からは東京駅乗り入れが開始され、東京-博多間を最速4時間49分で結ぶようになります。
この営業運転に先駆け、試運転で東京駅に乗り入れるようになった500系は、毎日お昼過ぎに大阪方面から上ってきていたのを、新橋あたりで見たことをまだ印象深く覚えています。

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<東京駅発500系1番列車のチケット>

また東京駅を始めて出発する500系新幹線「のぞみ」にも乗りました。
営業初日の1997年(平成9年)11月29日。たまたま九州への出張があった私は、この機会を逃してはならぬと、500系1番列車の切符を購入し、朝6時のこの列車に乗るために午前4時に自宅までタクシーを呼び、始発電車の早い三鷹駅まで向かい、そこから中央線で東京駅に向かったのを鮮明に覚えています。

東京発500系1番列車では、乗客にプレゼントなどはありませんでしたが、ホーム先頭では早朝にもかかわらず、JR東海・西日本から役員クラスが出席する出発式が行われていました。
この出発式の内容は、当時の手帳にメモしてあり、いつか私のWEBサイトで公開しようと思っていたのですが、公開前に引退を迎えてしまうことになりました。


引退の原因は、N700系という次世代新幹線の完成と500系の速さを追求した故の居住性の悪さが書かれております。
次世代の新幹線車両の登場は仕方ないにしても、居住性については過去の乗車経験から引退の原因になるほど悪いと感じたことは私はありません。

多くの子供が「かっこいい!」と叫んでくれた、500系新幹線が完全に引退することなく、山陽新幹線でまだまだ活躍してくれることを祈っています。

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<↑東京駅乗り入れ当時の運行ダイヤ>

2006.06.20

貨物列車の動画を16:9で初公開

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先日、盛岡に立ち寄った際、16:9で盛岡駅に発着する金太郎を撮影しました。
今後このサイズで動画を撮るべきかどうかまだ悩んでいますが、今回の撮影ではワイドの魅力を感じる構図であったかと思います。

「kintaro.wmv」をダウンロード

2006.05.17

EAST-i ドクターホワイトを発見!

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「ドクターイエロー」といえば、新幹線の検査車両として、少し鉄道に興味がある人ならよく知る車両かと思います。
時刻表に運転時刻が掲載されることなく、いつ走るかわからない全身黄色「ドクターイエロー」を偶然見ることができると、その日1日をHAPPYに過ごせるという話しも聞いたことあるような、ないような・・・・

このドクターイエローのJR東日本版が写真の「EAST-i」です。
国鉄の分割民営化後、JR東日本による運行路線になった東北・上越新幹線には東海道・山陽新幹線と同様、全身黄色のドクターイエローが存在しました。
しかしながらJR東日本の新幹線は、その後ミニ新幹線方式で山形・秋田新幹線が開通し、さらには急勾配と電化方式が軽井沢を境に切り替わる長野新幹線が登場するなど、従来のドクターイエローでは検査ができない区間が登場するようになりました。
このような多種多様の運行路線をすべて走ることができ、尚且つ従来のドクターイエロー以上の走行能力を持ち、営業車両と遜色のない速度で検査可能なドクターイエローとして登場したのが、この「EAST-i」です。
ミニ新幹線区間を走れるように「こまち」に使用されているE3新幹線の車体をベースに作られています。
従来の検査車両が全身黄色だったのに対し、この新しい検査車両は白をベースとした車両となったので、「ドクターホワイト」と呼ぶ人もいるそうです。

この写真は2005/05/15のお昼ごろ、東北新幹線に乗車するために東京駅のホームに上がった際、偶然発見したものです。
見慣れない車両に軽い興奮を覚え、かばんの中からデジカメを取り出し、いろいろな角度で10枚ほど撮影を行いました。
残念ながらビデオカメラを持っていなかったので、出発シーンの動画を撮ることはできなかったのが、少し悔やまれますが、デジカメの写真でも、普通の新幹線でない雰囲気を感じ取っていただけるのではないでしょうか?

この後、ドクターホワイト効果で、私が1日をHAPPYに過ごせたかどうかは???です。

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2006.03.25

引退間近の小田急9000形を追って来ました。(動画)

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平成18年3月17日(金)。
JRの「ブルートレイン出雲」や東海道線東京口から113系が引退した日。小田急電鉄からも9000形通勤電車が引退することになりました。

小田急9000形
昭和47年が初製造の同車両は、地下鉄千代田線への乗り入れを考慮した車両として登場しました。
前面デザインが従来の小田急にはないデザインで、登場時は大きな注目を集めたと聞いてます。
小田急線沿線で育った私としても、鉄道少年だった頃、NSE等のロマンスカー同様、憧れの車体でした。
特にまだ少なかった千代田線との直通運転に使用される際の9000形は、「直通準急」だけにしか見ることの出来ない表示が珍しく何度も見に行ったり、乗りに行ったりした覚えがあります。
「準急 本厚木-綾瀬」の2段式表示や、前面に表示される「91E」などの表示が非常に懐かしく思い出されます。

そんな9000形も登場から34年。
後継の3000形通勤電車が大増備されるにしたがい、徐々に編成数が減少していき、ついに最後まで残った6両編成の2本が平成18年3月17日(金)をもって引退してしまいました。

小田急から9000形の引退が正式に発表されたのは、引退する週の月曜日。
そろそろ危ないとは思っていましたが、あまりにも急な引退報道に驚き、そして少年時代の思い出がつまった9000形の最後の勇姿が見たくて、引退まであと2日と迫った3月15日の帰宅時に小田急新宿駅を訪ねました。

私にとって最後の9000形となったのは、新宿20:03発 各駅停車小田原行き。
この列車を新宿から相模大野まで、ビデオで撮ったり、途中区間では乗車したりと、引退が間近に迫った9000形の活躍をビデオテープと体に記録してきました。

引退2日前の9000形の勇姿。
皆さんもぜひ記憶に留めていただければ幸いです。

「引退2日前の9000形の勇姿」をダウンロード


<私が始めて撮った鉄道写真>
被写体は小田急9000形でした。昭和55年ごろの向ヶ丘遊園駅にて
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<もうひとつの9000形動画>
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上の動画とは別に今まで撮影したビデオの中から9000形の写っているものをまとめました。
狙っていたのが9000形でなかったので、撮影状態は良くないです。普段から何気ない活躍シーンを撮影しておくことの大切さを思い知らされました。
「9000の動画 その2」をダウンロード

2006.03.18

湘南電車113系。東京駅から引退・・・(動画付)

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本日。3月18日(金)に実施されたJR等のダイヤ改正にあわせ、昨日(3月17日)をもって引退した列車が多くあります。

・東京-山陰地区を結んでいた「ブルートレイン出雲」の運転終了
・湘南電車で親しまれた113系電車の東海道線東京口からの引退
・常磐線から103系引退
・独特な前面スタイルが特徴だった9000形の引退
・箱根登山鉄道。小田原-箱根湯本間の登山電車による運転終了
などなど・・・

特に「出雲」と「113系」については、新聞テレビなどで報道された影響もあってか、鉄道ファンだけではなく一般の利用者からも、最後の運転が注目されたことと思います。

私個人としては、
「出雲」は乗ったことも1回もなく、見た記憶もあまりないのですが、真っ赤なマークが印象的で、昭和50年代のブルートレインブームの時に小学生だった私にとってお気に入りの列車のひとつでありました。
晩年も、食堂車の営業は終了してしまったものの、食堂車そのものはフリースペースとして連結が続けられたほか、昭和50年代から運行スタイルがほとんど変わっていない貴重な列車であり、機会があれば乗ってみたいと思っていた列車のひとつです。
しかしながら運転区間が浜田から出雲市に縮小された際に、個人的に興味が離れてしまい、結局一度も乗ることなく消えてしまうことになってしまいました。

また「113系」については、小学生時代に品川区にある親の実家を訪ねた際に、よく電車を見に行った大井町-大森間有名な直線区間で、目的のブルートレインが来るまで、何度も何度も目の前を通過していたの覚えていますが、あまり思い入れはないのが正直なところです。

しかしながら、やはり消えてしまうとなると寂しいもので、引退の数日前にたまたま立ち寄った大井町駅で目の前を通過する113系をビデオで撮ってみました。
あまり操作に慣れていないビデオカメラを使用したため、ブレやズームの操作が旨く出来ず、さらには目の前を走る京浜東北線にかぶられてしまうなど、映像としては良くないものなのですが、113系の独特のモーター音だけは綺麗に記録できたと思っております。

「大井町を通過する113系の上下列車」をダウンロード

2006.03.10

スペーシア in JR品川駅

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3月18日に実施されるJR東日本及び東武鉄道のダイヤ改正で、両社特急車両の相互乗り入れが実施され、JR新宿-東武鉄道鬼怒川温泉および東武日光駅の間に直通特急が運転されます。
この準備のため、2月頃から両社の乗り入れ用特急車両が、それぞれ乗り入れ線区で試運転を行っていますが、本日(3月10日)、JR品川駅で試運転中の東武鉄道の特急車両「スペーシア」を見かけることが出来ました。

この「スペーシア」
東武鉄道を代表する特急車両として登場してから10年以上経過していると思われます。
登場当時は、浅草というJR山手線から外れた始発駅から出発するという営業面としてのマイナス要素をカバーすべく、インパクトある豪華特急車両として誕生しました。
登場時は浅草を出発すると日光手前の今市までノンストップの俊足を誇っていたと記憶していますが、やはり浅草始発では集客力がなかったのか、北千住などに停車するなどダイヤの見直しが行われてきました。
それでも期待したほどの集客はなかったと思われます。

一方ライバルであったJRも、旧国鉄時代に準急・急行列車で都心と日光を結ぶ列車を設定していましたが、始発が都心の駅でありながら、日光までの線路が東武鉄道に比べ遠回りであったことから、いつしか都心-日光間の直通列車は消滅してしまいました。

近年になり休日限定で新宿から日光までの快速電車が運行されていますが、それもあまり集客がなかったと思われます。

このように都心対日光路線に関してライバルでありながら、お互いマイナス要素のあった両路線がお互いのよい路線部分を活かし、都心-栗橋はJR。栗橋-日光・鬼怒川温泉は東武鉄道を使う相互乗り入れが発表されたのが約2年前でした。
鉄道に興味を持つ人間にとって、非常にびっくりするニュースであったことを思い出します。
ちょっと前置きが長くなりましたが、相互乗り入れまで2ヶ月を切った1月頃からJR・東武両車両を使った乗り入れ試運転が開始されました。

今日は、営業運転後には乗り入れないJR品川駅まで乗り入れ試運転が行われ、ちょうど所要で品川を尋ねたときにこのスペーシアを見ることが出来ました。
ホームには沢山の同好者がいましたが、お互い譲り合いながらスペーシアの車体を撮影することが出来ました。
残念ながらビデオカメラを持っていなかったのですが、品川停車中らしい写真と、動画は最近機種交換した携帯電話で撮影してみました。
写真や動画から、この貴重な品川でのスペーシアを感じていただければ幸いです。

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「スペーシア品川出発」の動画をダウンロード

2006.02.12

津軽鉄道のストーブ列車(動画)

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昨日(2006/02/11)訪問した、津軽鉄道ストーブ列車の動画が完成しました。
残念ながら短い区間で約20分程度の乗車で、ほとんどビデオの撮影も出来ませんでしたが、約5分の作品に仕上げることが出来ました。
冬期間のみ1日2往復の運転。東京から乗車や撮影に向かうには非常に便の悪い鉄道でしたが、ストーブの魅力以外にも、今や貴重な客車列車でもあり、今回の旅行にはそれなりに満足しています。
ストーブ列車は鉄道好き以外の人にも有名ですが、WEB上の情報は少ないようです。この動画でより多くの人にストーブ列車の雰囲気を感じ取っていただければ幸いです。

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「ストーブ列車の動画」をダウンロード(25.5M 5分11秒)


485系リニューアル車の「つがる」青森駅入線 (動画あり)

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昨日、八戸-青森間を特急で往復しました。
下りは函館行きの「白鳥」、上りは弘前始発の「つがる」。どちらも写真の485系リニューアル車を使用した編成でした。
この区間にはJR北海道の「スーパー白鳥」や、「つがる」でも新型車両のE751も走っているのですが、今回はどちらにも当りませんでした。

でも昨日の青森地区は結構な豪雪でした。
私自身、冬の青森は何度か経験しているのですが、こんなに雪に降られたのは初めてです。
そんな悪天候の中でも、私の昨日乗った列車はほぼ定刻どおりの運転が行われ、雪国の鉄道の強さを痛感しました。

写真は青森駅に入線してくる485系リニューアル車「つがる」です。(動画から切り取り)
雪のためヘッドマークはほとんど見えませんが、雪の凄い降り方は実感いただけるのではないでしょうか?
ちなみに昨日は青森からの夜行列車(ブルートレイン)は、大阪行き「日本海」2本、上野行き「あけぼの」1本が運休となったほか、秋田新幹線「こまち」も終日運休されるほどの天候でした。


「青森駅に入線する485系つがる」をダウンロード

2005.12.04

Linimo(リニモ)の動画公開

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日本初の実用浮上式リニアモーターであるLinimo(リニモ)に、先月(2005/11)乗ってきました。
愛知万博(愛・地球博)の開幕に合わせ2005/03/06に開業したこのリニモは、万博開催期間中にその小さな車体が災いし輸送力不足が話題になったり、定員以上の乗客の重みで浮上できないことがあったなど、明るくない話題もありましたが、日本で最初の浮上式リニアモーターカーとして多くの人から注目を集めていたと思います。

このリニアはもともと日本航空が開発を始め、その後中部エイチ・エス・エス・ティ開発に受け継がれたHSSTと呼ばれるリニアモーターカーを実用化したもので、これまでにもつくば万博などにパビリオン(アトラクション?)として出品されていたことがあります。

<関連記事> 祝! 日本初の浮上リニア「Linimo」開業!

今回、私の初乗車は万博終了後一ヶ月を経過し、更に早朝7時~8時頃の乗車だったということもあり、乗客が非常に少なかったのですが、日中時間帯も当初想定以下の乗客数とのことで、今後地域の協力を得て乗客増を図る必要があるようです。

さて動画は
Linimoの始発駅となる「藤が丘」から終点「万博八草」までの方向で、走行シーン・展望シーンなどを集めてみました。
ビデオの収録時間は、7分39秒。
万博でリニモに乗ったことある人には、閑散とする車内に驚かれるかも知れません。またまだリニモに乗ったことない人にはリニモの全貌を感じ取っていただける作品になったと思います。
皆様のご感想などいただければ幸いです。

このリニモの動画完成により、「山梨」「上海」「リニモ」と世界で走行する3つの浮上式リニアモーターカーをすべて動画で公開することとなりました

リニモの動画をダウンロード (7分39秒 38.4M)

<関連動画>
山梨リニア実験線 時速500Kmで疾走するリニア
上海リニアモーターカー 世界最速の列車

2005.11.27

VSEを動画で撮る!

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休日の今日、どうしても都心に出る用事がありました。
家族の手前、いつもは休日に一人で家を出るのは中々難しいのですが、今回はちゃんとした理由があったので割りと堂々と外出できました。
この機会を逃すのは勿体無いと、鞄の中にビデオカメラを忍ばせ、帰路の途中小田急に寄り道をし、今年3月にデビューした小田急ロマンスカーVSEを撮影してきました。
実は本サイトの「ブロードバンドムービー館」で公開している動画24作品の中でも、VSE試運転風景はアクセスが常に上位にあります。
でも作品自体は厚木駅を通過するワンシーンだけなので、非常に面白みに欠けます。
VSEの動画に需要があるならもう少しシーンを増やして公開したいと思ったのと、私自身も鉄道に興味を持ったきっかけは小田急のロマンスカーであり、その最新鋭のVSEはプロモーションビデオの題材として、いつか狙って見たいと暖めていた構想の一部に使えるのではという両面から今日のビデオ題材に選びました。

今回、約2時間の撮影時間で、撮影できたポイントは4箇所。
どれもあまり納得のいく撮影になりませんでしたが、今日の成果をここで紹介させていただこうと思います。
ここに紹介させて頂くのは暫定版。いつかは新宿から箱根まで、車窓や前面展望も入れた作品に仕上げたいと思っています。

動画はこちらから(15.6M)


【動画のシーンより】

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2005.11.23

引退間近の京急700形に乗る

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先日、川崎市にある某所を訪問する機会がありました。
訪問先の最寄り駅は京浜急行の大師線の小島新田駅。
私は生まれも育ちも川崎なのですが、川崎の中心部からは30Kmほど離れたところに住んでいたので、この京浜急行大師線への乗車は今回が初めてでした。

ところでこの大師線で活躍している京浜急行の700形という車両
何でも今月28日(2005/11/28)を持って引退するとのことで、偶然ながらこちらの車両のお別れ乗車も出来ました。
この700形について調べたところ、この車両は昭和42年に登場したもので、この車両より少し前に登場した1000形が地下鉄乗り入れ仕様にあるのに対し、この700形は京急線内専用として登場したとのことです。
特徴的なのは同社で初めて4扉を採用したことにあるようです。
登場時は3両編成でしたが、後に付随車を1両増結したことで加速性能が落ち、さらにその後クーラーを増備し更に重くなってしまったことから、本線ではなくあまり加速性能の問われない大師線に落ち着いたとのこと。

私が訪ねた日は平日の日中で、大師線には3本の車両が稼動しており、うち2本がこの700形で運転されていました。
「さよなら」マークをつけた編成もあったようですが、残念ながらこの日は日中車両点検が行われているとのことで見ることは出来ませんでしたが、それでも沿線には何人かの方が、この車両にカメラを向けているのを見ることが出来ました。

特にさよなら乗車のために尋ねた訳ではありませんが、小島新田駅付近で何枚か写真を撮ってみましたのでこちらでご紹介します。

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2005.11.06

近鉄難波駅での動画

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最近、このblogを公開しているココログの大容量化が行われたとのこと。
@niftyの会員が追加料金なしで開設することができるベーシックプランで、なんと2Gもの容量が与えられました。
ただし1ファイルあたり10M、1日のTOTALアップデータ量20M以内と制限があるもののこの大容量化は、最近動画にはまっている私にとっては大歓迎です。
でも動画の作品が増えてくるに従い、1作品が長時間化してきた私にとって実は1ファイル10Mというのはちょっと小さいのが現実。いま通常使っているWMVの圧縮率で計算すると10Mだと5分程度の作品が限界となります。
ただし今まで未公開だったちょっとした作品をお披露目するにはちょうど良い場所になったかもしれません。

と言うわけで記念すべきココログ版動画作品として、先日大阪に行った際、近鉄難波駅で撮影した動画をアップロードしてみます。
名古屋に向かうためのアーバンライナーを待つ1時間ほどに間に入線してきた近鉄の特急車両を追いかけてみました。
残念ながら最新型のアーバンライナーnextは現れてくれませんでしたが、それなりの映像にはなっていると思います。(思いたいです・・・)

「kinntetsu-nannba_20051103.wmv」をダウンロード 4.9M 2分25秒

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2005.08.31

長野電鉄訪問と同社特急車両2000系B編成引退

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先週の週末。用事で長野県上田市に行っており、そのまま帰るのも勿体無かったので、来年秋から小田急ロマンスカーHISEが走ることになる「長野電鉄」を訪問し、長野-湯田中間を往復してきました。

私が訪問した8月28日(日)は、同社の特急車両で、4編成存在する2000系特急車両のB編成が引退するとのことで、それにあわせ同社では該当編成への特別ヘッドマークの掲示や車両基地のある須坂駅でイベントが行われていました。
この2000系はこの日で引退するB編成以外にも、A、C、D編成が存在し、D編成がスカートやエアサスを装備する程度で大きな外見の差はないと思うのですが、この1編成引退と言うだけでイベントが開催されること、またそれなりの集客があるようで、ちょっとびっくりです。

私はこのイベントが目的で訪問したわけではなかったのですが、たまたま長野から乗車することになった特急車両がこの該当車両であるB編成でした。
車内では運転室の後ろに陣取りビデオカメラを回す人などもいて、イベント列車らしい雰囲気もありましたが、乗車率は40%程度。乗客のほとんどは地元の方という感じで、結構落ち着いていました。

終点の湯田中までは、長野から40分程度。
長野から数駅は地下区間。その後住宅密集地を超え、家がまばらになると果実園の中を走り、志賀高原のふもとに到着。短い走行区間ながら割りと変化に富んだ車窓が楽しめました。

来年秋以降。HISEが登場したらまた訪ねてみようと思います。

*写真は湯田中に停車中の2000系B編成 (引退ヘッドマークつき)

<関連記事>
小田急ロマンスカーHISE。営業初列車に乗ってました!長野電鉄に譲渡されるにあたって思い出話

2005.08.11

小田急ロマンスカーHISE。営業初列車に乗ってました!
長野電鉄に譲渡されるにあたって思い出話

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小田急ロマンスカーHISE(10000形)[11両×2編成]が長野電鉄に無償譲渡される旨、両社からプレス発表がありました。
長野電鉄では来年(2006年)秋から、4両編成に姿を圧縮して、長野と湯田中を結ぶ観光特急として活躍するとのことです。

この小田急ロマンスカーHISE(10000形)は、小田急開業60周年を迎えた昭和62年(1986年)に、SE(3000形)[91年引退]・NSE(3100形)[99年引退]・LSE(7000形)に次ぐ4代目のSEがつくロマンスカーとして登場しました。
そのスタイルはSE車以来の連接構造を持ち、先頭部分もNSE・LSE同様展望室を備えていましたが、決定的に違ったのは
展望室以外の客室を従来のロマンスカーより1段高くし、通勤電車で立って外を眺めるぐらいの視線から景色を楽しめるようにとハイデッカー構造を取り入れたことと、外装をロマンスカー伝統色であったバーミリオンオレンジから、白をベースに赤いラインを纏った塗装になったことでしょうか。
営業運転直前に相模大野の車庫で始めてこのHISE(10000形)を見たときは、従来と違う塗装に随分と違和感を感じたのをつい最近のことのように思いますが、いつのまにかに登場から19年の歳月が流れていました。

今回HISE(10000形)が長野電鉄に譲渡されることになったのは、3月19日から営業運転を始めた新型ロマンスカーVSE(50000形)が2編成登場し、ロマンスカー全体の必要本数に余裕ができたことにに起因します。
しかしながら、まだ先輩格のLSE(7000形)[80年登場]が活躍する中、それより新しいHISE(10000形)[86年登場]が先に小田急から戦線離脱することになったのは、HISE(10000形)の特徴であるハイデッカー構造が、バリアフリーへの対応に大きな改修が必要となってしまうからです。
2000年に施行された交通バリアフリー法では、鉄道車両は延命処理など大きなリニューアル工事を行う際に、バリアフリーへの対応が義務付けられるようになり、登場からまもなく20年を迎えようとしているHISE(10000形)は、まさにこの延命処理が必要な時期を迎えていました。
この問題に小田急の出した答えが、HISE(10000形)を引退させ、その変わりに低迷する箱根への観光客を取り戻すべくグレードの高い特急車両VSE(50000形)を導入することを決定したのでした。

しかしながらHISE(10000形)は、その後に登場したロマンスカー、RSE(20000形)やEXE(30000形)と比べ、もっともロマンスカーらしい印象を持った車両として、VSE登場直前のつい最近まで箱根へのテレビCMにも登場していましたが、製造された4編成のうち3編成はすでに運用を離脱し、残りの1編成もあまり活躍はしていないようです。


さて、いつものように前段が長くなってしまいましたが・・・
このHISE(10000形)が運転を開始したのは、確か昭和62年12月27日。新宿発8:50のはこね号が初列車でした。
まだ10代半ばだった私は、この初列車に乗りに行った記憶があります。
当時は新型ロマンスカーの初列車といっても、今のように多くのファンがその出発風景を見に来ることはなく、いつもと違っていたのは、まだ創業間もない小田急系のケーブルテレビ局が取材に来ていた程度でしょうか?
私もその取材を受け、新型ロマンスカーの印象を聞かれたのですが、どのように返答したかは残念ながら覚えていません。

HISE(10000形)初列車は特に大きなイベントもなく静かに新宿駅を出発したと思います。
車内も特に混雑していた記憶はなく、私のようなファンが1両に何人か見受けられた程度でした。
沿線では今のような鉄道ファンのカメラ光線を受けることなく、まだ通勤ラッシュが続く上り線を気にしながらゆっくりと箱根を目指しました。
車窓からの風景で印象に残っているのは、ほとんどの駅で駅員さんが数名、HISE(10000形)初列車を見守っていたことでしょうか・・・・

このHISE(10000形)では、ハイデッカー構造のほかに新たに導入された技術として、オーダーエントリーシステムがありました。
これは当時まだ残っていた「走る喫茶室」のオーダーを従来のメモ書きから、今のファミリーレストラン等と同様にハンディーターミナルに入力するもので、車端にあった受信機にハンディーを挿すとオーダーが厨房に流れる仕組みだったと記憶しています。
このため従来、注文商品と引き換えに料金収受が行われていたのが、先に商品だけを受け取り、料金は小田原到着直前に改めて立派な清算書と一緒にお姉さんが収受にくる体制を取っていました。
このHISE(10000形)独自のオーダーエントリーシステムは、「走る喫茶室」が平成3年頃にひっそりと消えてしまう前に、すでに使われていなくなっていた記憶があります。
最近登場したVSE(50000形)にもオーダーエントリーシステムが導入されていますが、こちらは注文商品と引き換えに料金収受を行っています。

この後、HISE(10000形)初列車は箱根登山線を走り、終点箱根湯本に到着しましたが、乗客には特に記念品などの配布はなかったと記憶しています。

最後に今となってはお宝?かなと思っているのが下の写真のHISEを模った陶器。
これはHISE(10000形)登場当時、小田急が販売した登場記念グッズで、確か「ロマンスカーえのぐ」として発売されたもの。価格は350円だったと思います。
この製品は真っ白なのですが、中にえのぐシート(1枚の紙にえのぐが固められたもの)がついており、それを縫って遊ぶものでした。
私も購入後、付属のえのぐではなく、プラモデル用の塗料で塗ったのですが片面が終わったところで疲れてしまい、以来約20年間放置されていました。

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小田急ロマンスカーが他社線で活躍するのは、SE車(3000形)が1983年に大井川鉄道に譲渡されて以来の出来事となり、今からHISE(10000形)の長野電鉄での活躍が楽しみです。
活躍開始まであと1年近くありますが、その間に長野での走行にあわせた各種改造が行われると思いますが、小田急時代の塗装は当分そのまま残るとのこと。
特急車両という性格上、登場からの年数の割には走行距離は短いはずなので、今後も末永く活躍してもらいたいと願っています。

<関連記事>
☆小田急から長野電鉄へロマンスカー譲渡/海老名☆

2005.07.07

スーパーレールカーゴが、ブルーリボン賞受賞!!

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JR貨物が昨年(2004年)から、運行を開始した高速貨物電車「スーパーレールカーゴ(写真)」が、鉄道友の会から2005年ブルーリボン賞を受賞しました。
ブルーリボン賞は、鉄道友の会会員により、前年に登場した鉄道車両の中から、優秀と認めた1車両に与えられるものです。
歴代の受賞車両には、小田急ロマンスカーや寝台特急カシオペアなどデザインや居住性に優れた特急車両が選ばれることが多く、今回の候補車両の中には、九州新幹線「つばめ」という競合と思われる車両がいる中で、この貨物電車「スーパーレールカーゴ」が、同賞を受賞したというニュースには、大変驚きました。
貨物車両がブルーリボン賞を受賞するのは、同賞の長い歴史の中で初めてのことです。


スーパーレールカーゴ」って?

従来、貨物列車と言えば、先頭に機関車があり長いコンテナ列車やタンク車などを牽引するものでした。
ただこの方式だと、動力が先頭の機関車に集中するため、重くて長い貨物列車は、どうしても加速が電車に比べ遅くなってします。
最近は強力な機関車が登場したことで、最高速度は電車特急と同じ120kmで走る高速貨物列車も存在しますが、信号などでいったん速度が落ちてしまうと、再び元の最高速度まで加速するのに時間を要してしまうようで、加速減速に優れた旅客電車から邪魔者扱いされる状態にあったと聞いています。

人間が乗る電車に邪魔者扱いされてしまう貨物列車も、その人間が暮らすために必要な物資を運んでおり、しかも地球温暖化問題が地球規模で叫ばれる現在、トラックや船に比べ、CO2の排出がものすごく少ない、地球に優しい物流手段です。

このような時代背景の中、地球に優しい物流手段の貨物列車が、人間の生活に必要な電車の運行を妨げることなく、しかもトラックよりも早く走ることができる新しいスタイルとして登場したのが、このM250系コンテナ電車「スーパーレールカーゴ」です。

スーパーレールカーゴ」は、従来の貨物列車と異なり、全16両編成のうち、前後2両。計4両の車両に動力を分散した電車です。
電車なので、先頭の動力車を含め、すべての車両に31フィートコンテナを搭載することが可能です。
動力を分散したことで、従来の貨物列車に比べ、加速減速性能が向上し、カーブでの制限速度や最高速度を大幅に上げることに成功しました。

現在、この「スーパーレールカーゴ」は、東京貨物ターミナル-安治川口間で佐川急便専用列車として、1日1往復走行しています。
東京、大阪を23時頃出発し、終点には午前5時頃には到着してしまうため、一般の人の目に触れることが、ほとんどない車両なのですが、マスコミに何度も取り上げられたり、子供のおもちゃプラレールで発売されるなど、世間からの注目は、登場時から高かったと思います。

今回、「スーパーレールカーゴ」が、ブルーリボン賞を受賞したことで、世間のモーダルシフトへの関心が更に深まり、物流の環境問題をより多くに人に考えてもらえるきっかけとなればと思っています。

写真提供・・・長谷川浩之様

<関連サイト>
2005年 ブルーリボン・ローレル賞選定車両(鉄道友の会)
kqtrain.net(blog) 鉄道友の会、ブルーリボン・ローレル賞決定
Simplex's Memo:「スーパー・レール・カーゴ」、ブルーリボン賞受賞
鉄路的部落: M250系ブルーリボン賞受賞の意外

2005.06.26

「SLあそBOY」引退へ

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「SLあそBOY」
なかなかユーモアある列車の名称かと思います。
JR九州の熊本-宮地間、阿蘇山の麓を走る豊肥本線に、昭和63年に復活したSL列車ですが、残念ながら今年(2005年)8月28日の運転を持って引退することが、先日JR九州から公式発表されました。

引退の理由は、SL車両の老朽化が進んだことによるようです。
このSL車両(8620型)は大正11年生まれ、製造からなんとが83年も経過しています。
大正時代に製造された車両が、平成の現在まで現役で走っていたことを思うと、感動もありますが、このSLあそBOYは九州地区唯一のSLであり、九州から再び煙が消えてしまうことに寂しさを感じます。

私もこのSLあそBOYに、2002年6月に乗ることがありました。
SLの後ろに連結された3両の客車はウェスタン風にデザインされ、最後部の展望車では風に吹かれながら流れ行く車窓を楽しむことができます。
途中、阿蘇山のカルデラを越えるため、スイッチバック運転も行われ、全国でいくつかあるSL列車の中でも、結構楽しめる存在であったかと思います。

このときの旅行記はこちらから → SLあそBOY乗車記【ひとり汽車旅・のりものの旅】

しかしながらこのSLの人気は、はたしてどうだったのか?
私がこのSLあそBOYの乗車記をWEBサイトで公開してから、そのヒット率はほかの特集ページに比べ、はるかに低く、1日に数件アクセスがある程度のものでした。
最近は全国で多くのSLが復活したこともあり、九州の中ほどを走るこのSLあそBOYにそれほど集客がなかったのではないかとも思われます。
しかしながら九州では、現在暫定開業している九州新幹線の博多開業も控えており、そのときにはまた観光の目玉として、SL列車が復活し、新幹線との組み合わせで新旧の列車の旅が楽しめれば良いなと、願わずにはいられません。


2005.06.05

山梨リニアの動画を公開!!

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昨日(2005/06/04)、山梨県都留市にある「山梨リニア実験線」を訪ねました。
この実験線ではリニアの実用化に向けた試験が行われていますが、基本的には土日には実験が行われません。
しかしながら1ヶ月に一度程度、一般向けの試乗会が開催され、主に土曜日に走行シーンを見ることが出来ます。

この一般向けの試乗会。
JR東海が開設しているサイト「Welcome to LINEAR EXPRESS」から申し込みが出来るのですが、私は過去に10回近い申し込みをしているのにもかかわらず、一度も当選したことがなく、この山梨リニア実験線を訪ねることはありませんでした。

昨日はたまたま、月に一度の試乗会による土曜日運行の日であることを先のサイトで知ったのと、4月に納車されたばかりの新しいマイカーをちょっと運転してみたくなったことが重なり、試乗は出来ませんが、リニアの走行シーンを見に「山梨リニア実験線」に向かいました。

我が家から「山梨リニア実験線」までは、車だと中央高速経由で約1時間程度で到着します。
実験線の姿が見えたとき、ちょうどリニアが500kmで滑走していくところで、なにかこちらの到着を歓迎してくれたかのように見えました。
実験線ではちょうど試乗会の真っ最中で、午後2時ごろ着いたのにもかかわらず、我々は運良く3回の走行を間近に見ることが出来ました。

ビデオに撮ると、500kmというスピードがなかなか伝わらないかも知れませんが、試乗会のスタートから終わりまでの各シーンをある程度収めることが出来ました。
試乗会が終わり、リニアが車庫に帰った後、リニアの線路を走行する謎の物体もビデオに収めることが出来ました。

次の本サイトにて、このときの動画を公開していますので、ぜひお立ち寄りください。

山梨リニア実験線「時速500Kmで疾走するリニア」・・・(ひとり汽車旅・のりものの旅)

<関連記事>
海外鉄道旅行愛好者: 山梨リニア実験線を上空から確認する。

2005.05.29

415系国鉄色を門司駅で見かけました。

415moji

5月27日(金)の夕方、東京に帰るために北九州空港最寄り駅の下曽根に向かうべく、門司駅で日豊線直通の電車を待っていると、反対側ホームになんとも懐かしい色の電車が入線してきました。

415系と呼ばれるこの電車。
国鉄時代に作成された交直電車で、常磐線や九州各線で活躍している電車です。
JRになってからは、常磐線、九州ともに白い車体に青い帯の塗装に変更されてしまいましたが、数年前に旧国鉄色に戻された車両が登場しました。
旧国鉄色になった理由はわかりませんが、この塗装時代を覚えている世代のひとりとしては、とても懐かしく見入ってしまいました。

鞄からビデオを取り出し、出発シーンを撮影しました。
急な撮影だったため、逆光で良い画像になりませんでしたが、興味のある方に見ていただければ幸いです

門司駅を出発する415系旧塗装(動画)

2005.05.28

これがきっと最後の「0系新幹線」乗車

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昨日(2005/05/27)、新倉敷から福山まで山陽新幹線に乗る機会がありました。
新倉敷の駅に入ってきた新幹線車両は、写真の0系新幹線。
既に東海道新幹線からは引退をしてしまい、大阪以西でしかみることの出来なくなった、新幹線開業当時からの面影を残す車両です。
塗装は現代風になっていますが、外観には特に変化がなく、今の新幹線にはない「まーるいお鼻」は健在です。
今回、九州と岡山の間を山陽新幹線で1往復しましたが、0系新幹線を見かけたのは、この列車のみで、確実にこの車両が減少していることを実感せざるにはいられませんでした。

昨日は、早朝6時台の乗車と言うこともあり、1両にお客さんが数人と言う状態で、久々の0系新幹線の旅をゆっくりと味わうことが出来ました。
この0系新幹線は数年後に完全引退することが既に発表されています。
活躍している車両も先記のとおりほとんどない状態で、山陽地区での短距離の「こだま」運用が中心となってしまった今、東京で暮らす私にとって、今回が最後の0系新幹線乗車になりそうです。

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↑0系新幹線の内装は、2&2シートで非常にゆったりしています。

<関連記事>
イギリスの列車7「ヨークの新幹線0系」
 2005年3月にイギリスに渡った0系を訪ねました

2005.05.21

地下鉄に乗り入れる小田急ロマンスカー

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しばらくこのブログの更新を怠っていたところ、私にとって寝耳に水の鉄道ニュースがありました。それはこの記事のタイトルにある小田急ロマンスカーの地下鉄千代田線乗り入れが発表されたことです。

新聞記事やブログをはじめとしたインターネットサイトに既に多く紹介されていますが、2008年実施の計画で、千代田線の「湯島」から小田急方面へ、夕方の帰宅者を対象とした小田急ロマンスカーを運行。
現在運行中のロマンスカーは、車体サイズや運行システムの違いから、地下鉄に乗り入れることが出来ないため、小田急側で地下鉄乗り入れようのロマンスカーを新たに開発するとのこと。

いやいや、子供の頃から20年以上小田急沿線で生活し、ロマンスカーを見て育ち、乗り物好きになってしまった私にとっては、びっくりするニュースでした。
小田急ロマンスカーの他線乗り入れといえば、昔、小田原から伊豆方面が何度か話題に上っていたと記憶しています。
今回の地下鉄というのは、地下鉄の特殊性から全く想像できなかったことで、このニュースを聞いたとき、前日夜のお酒が抜けていなかったのに、一気に覚めさせるだけのインパクトがありました。

もっとも冷静に考えれば、夕方の帰宅者用のロマンスカー(ホームウェイ)が昔から好調なこと。小田急沿線の住民の流動として、千代田線への乗換え客が非常にに多いことを考えれば、今回のロマンスカーが千代田線に乗り入れることも決して考えられなかったことではないかもしれません。

でも今回の千代田線乗り入れようのロマンスカーを小田急が作ることに、ちょっと残念な気もします。
私個人の勝手な考えですが、この車両を千代田線を運営する東京メトロが作ってくれたのならば、東京メトロと小田急の信号装置だけでなく、東京メトロと乗り入れのあり、しかもレール幅が同じJR東日本、東武、東急、東葉高速等の信号装置も装備することが出来たのではと思うこと。
こんな車両があれば、東武日光発箱根湯本行きや、中央林間発会津田島行きも可能なのではと、夢物語が語れるのですが・・・

それにしても、この1年で「東武スペーシアの新宿乗り入れ」「相鉄線の新宿乗り入れ」など、数年前までは絶対に考えられなかった乗り入れが計画され、びっくりさせられます。
もっと鉄道が楽しく、そして便利になっていくこと。利用者の一人として、楽しませていただいています。

2005.05.02

碓氷峠のトロッコ列車「シェルパくん」動画公開!

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平成17年3月22日。廃止から約8年ぶりに碓氷峠に営業列車が復活しました。
JR東日本横川駅に隣接する「横川鉄道文化むら」の遊具施設の一部として、旧信越線の碓氷峠の下り線の一部区間を写真のトロッコ列車「シェルパくん」が走っています。

碓氷峠は平成9年9月30日の廃止以降も、レールや架線はほとんどそのままで残されており、現在でもレールはしっかりと横川-軽井沢間を結んでいます。
トロッコ列車は碓氷峠の途中区間に設けられた森公園交流館「峠の湯」までの2.6kmを約20分かけてゆっくり登っていきます。
運行区間の勾配区間は最大65パーミナル。碓氷峠の最大勾配が66.7パーミナルなので、トロッコ列車では現役当時の碓氷峠を思い出すには十分の急勾配を体感することが出来ます。

GWの1日。ビデオを片手にこの「シェルパくん」の雄姿をビデオに収めてきました。
本サイトのブロードバンドムービー館にて楽しんでいただければ幸いです。

2005.04.18

山手線205系登場当時の写真

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昨日(平成17年4月17日)、山手線から205系と呼ばれる電車が引退しました。
ネット上ではこの山手線最後の205系を収めた写真が、色々なサイトで見れますので、私はあえて登場間もない頃の写真を掲載してみようと思います。

205系と言う電車が登場したのは1985年。私が中学を卒業した年の春のことだったと記憶しています。
当時はステンレスやアルミを未塗装でそのまま使用している電車と言えば、地下鉄か東急線しか存在しなかった時代で、当時の国鉄がステンレスの電車を山手線に登場させることは、すごく画期的なことであったと記憶しています。

まだまだ最新型車両ばかり追いかけることしか知らない、駆け出しの電車少年だった私は、有人の影響からカメラにモノクロフィルムを入れ、この205系を追いかけたことがあり、当時のアルバムから探し当てたのが上の写真です。
この時はまだ205系が数編成しかなく、営業運転していたのは確かこの1本のみ。他はウグイス色の103系が大量に走っていました。
掲げられているヘッドマークは、山手線開業100年を記念するもの。

山手線の205系は、私が登場から引退までを見届けた最初の電車になりました。

2005.04.11

VSE初乗車!!(小田急新型ロマンスカー)

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昨夜、とある事情で夕方に湘南方面に出かける機会がありまして、その帰りに藤沢から小田急に乗り町田に出て、町田19:50発の「はこね42号」新宿行き、ロマンスカーVSEに初乗りました。

VSEは、今年(2005年)3月19日に登場した最新型の小田急ロマンスカー。
3世代振りに展望室を復活させた真っ白い車体は、鉄道ファンならず、一般の人からも注目度抜群です。
真新しい白いライトを輝かせながら、町田駅にVSEが進入してくる姿はインパクト十分。ホームにいた子供連れのお母さんが、新しいロマンスカーだよと、子供に指差しているシーンが印象に残りました。


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9号車の扉からVSEに乗りこむと、中は木目調で屋根が高く、とても落ち着いた雰囲気。
車内の真っ赤なシートは、気持ち窓側に向いて固定され車窓を楽しめるように工夫されています。
しかしながらシートを向かい合わせて使用すると、窓側が広く、通路側が狭くなることになり、「ハ」の字を逆さにしたような感じになり、通路を歩いていてもちょっと違和感があります。

「はこね42号」は定刻より少し遅れて町田駅を出発。
列車が動き始めると同時に、あの懐かしいミュージックフォーンをワンコーラス奏でました。
ロマンスカーのミュージックフォーンは、その昔ピーポー音と呼ばれ、ロマンスカーのほとんどがずっと鳴らしながら走り、周りにロマンスカーの接近をアピールしていましたが、20年ほど前に騒音問題でピタリと廃止されてしまいました。そのミュージックフォーンんが出発時だけでも復活したことを、当時を知る小田急ファンとしてとても嬉しいです。

車内放送の前にも、TVCMで有名なロマンスカーの歌のオルゴールが流れて、旅の雰囲気を盛り上げていました。(とは言っても今回の町田→新宿の乗車ではとても旅といえませんが・・・)

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私はインターネットで事前に展望室を予約していましたが、最前列ではなく前から4列目・・・
しかしながら通路側に人がいなかったため、通路側によって前を見ると、大きな窓から前面の景色が見渡せました。
夜なので、ほとんど景色は楽しめないのですが、時々通過する駅やすれ違う電車にVSEの真っ白いライトが反射しいている様は、最新ロマンスカーに乗っている優越感を感じさせてくれます。

町田を出発してすぐに、アテンダントのお姉さんがメニューを開きながら車内をまわります。
VSEの登場にあわせ復活したシートサービスです。
私は直ぐに呼びとめ、生ビールを注文しましたが、なんと町田の次の「玉川学園駅」を通過する前に、ビールが運ばれてきて、そのスピーディーな対応にびっくりしてしまいました。
ただ残念なことに昔の「走る喫茶室」にあったクールケーキなどのお皿で提供されるメニューはないようで、プレミアムコーヒーと呼ばれるメニュー以外はVSE以外のロマンスカーでも提供されるものばかりでした。
ただこのプレミアムコーヒーはガラスのカップで提供されます。これは昔の「走る喫茶室」を彷彿とさせる提供方法です。
メニューには紅茶もあり、これがどのように提供されるかは確認できませんでしたが、NSE時代の紅茶の香りがするロマンスカーまでの復活は現段階のVSEでは難しいようです。

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新宿までの所要時間はたったの29分。あっという間に着いてしまいました。
特にスピードが速いと感じた箇所はありませんでしたが、落ち着いた内装と快適な乗り心地のVSEは大変気に入りました。
新宿-箱根という80分程度の乗車時間でこれだけ豪華な車両を投入するとは、小田急の意気込みには恐れ入ります。
ただ唯一残念だったのは、展望席に座っていると、頭上にある運転席でノッチを操作する音が響いて聞こえることでしょうか?
運転席と展望席とを隔てる壁、屋根?が非常に薄くこのような音が響くのかも知れませんが、こればかりは以前のNSE、LSE、HISEではあまりこのような音が聞こえた記憶がなく、ぜひ改善していただきたいものです。

たった30分の乗車体験でしたが、今度はちゃんとした観光で再度VSEに乗ってみたいと思います。

*写真は、携帯電話での撮影のため、画質が悪く申し訳ございません。

<関連記事>
新型ロマンスカーVSEのディスプレイモデル
小田急ロマンスカー50000系VSE試運転風景「ブロードバンドムービー館」

小田急ロマンスカー50000形VSE試運転【ひとり汽車旅・のりものの旅】

海外鉄道旅行愛好者: 新型ロマンスカーVSE車登場!!


2005.03.12

新型ロマンスカーVSEのCM始まる

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小田急の新型ロマンスカーVSE車の営業開始が1週間後の3月19日に迫り、数日前からテレビで新型ロマンスカーのCMを見ることも出来るようになってきました。

「おじいちゃんにも乗せてあげたい」

ちょっと意味深いようなコメントが流れるこのCM。小田急のWEBサイトから見ることも出来ますので、まだテレビで見てない興味のある方は、覗いていてはいかがでしょうか?
次のサイトのCMギャラリーで見ることが出来ます。
きょう、ロマンスカーで

更に、さすが気合の入った新型ロマンスカー。グッズの発売も開始されます。
新型ロマンスカーのプラレールやチョロQ、さらには鉛筆やノートなど・・・
運転開始と同時にこれだけの種類のグッズが販売されるとは、小田急の新型ロマンスカーに賭ける意気込みを感じてしまいます。
早速私もネットで申し込んでしまいました。
レールファン小田急 ロマンスカー就航記念グッズ販売


ところで、新型ロマンスカーVSEの営業運転が始まる3月19日。
本来ならその当日に早速その雄姿を見に、そして乗りに行きたいと思うのですが、今回はちょっと別の用事があり行くことが出来ません。
それでも1ケ月以内にはビデオ片手に乗りに行くと思いますが・・・・

<関連ページ>
小田急ロマンスカー50000系VSE試運転風景「ブロードバンドムービー館」
小田急ロマンスカー50000形VSE試運転【ひとり汽車旅・のりものの旅】
海外鉄道旅行愛好者: 新型ロマンスカーVSE車登場!!

2005.02.19

「はやぶさ・さくら」の機関車交換風景(下関にて)

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一昨日、仕事で下関駅前のビジネスホテルに泊まりました。
翌朝の出発時間がちょうど「はやぶさ・さくら」の到着と重なったので、その到着風景と下関ならではの機関車交換風景をカメラに収めることが出来ました。

「さくら」は、今月末に廃止されると言うことで、列車到着前から私を含めカメラを持った人が数名ホームにいました。
下関駅4番ホームに、東京から牽引してきた機関車「EF66」を先頭に「はやぶさ・さくら」が入線。
すぐに、機関車が切り離されます。
この風景を見ようと、列車から多くの人がホームに降りていたのにびっくりしました。

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東京からの「EF66」が客車から切り離されると、今度は関門トンネルを越え、列車を九州への導く「EF81」が連結されました。
残念なことにこちらの機関車にはヘッドマークがありませんでした。
このEF81は、きっと「はやぶさ・さくら」を鳥栖・または熊本まで牽引するものと思われますが、心無い人によりヘッドマークが盗まれてしまい、このようなヘッドマークのない姿になってしまったようです。

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列車から降りて、この機関車交換風景を見ていた人も、このヘッドマークのない機関車には残念そうな声が聞こえました。
機関車の連結が終えると、ホームに降りていた乗客たちも足早に客車に戻り、程なく列車は熊本そして長崎を目指し、関門トンネルへの向かっていきました。

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2005.02.12

運転手さんの息遣いが聞こえる電車(福北ゆたか線)

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先日、北九州を訪ねたとき、乗っていてとっても楽しい電車に乗りました。 
その電車とは、写真の福北ゆたか線(筑豊本線)のワンマン電車です。

何が楽しいか?

普通の電車と言うのは、運転台と客室は完全に分離されていて、別室となっていますが、この電車はワンマン運転を行うためか、その運転台と客室の分離がとても簡単なものになっています。
右の写真にある、客室内の一角に、ちょこっと囲まれた部分が運転台です。
完全な密室とはなっていないようで、運転手さんが大きな声で行う指差確認の声が客室まで聞こえてきます。

「出発進行!」だとか
「○番入線。制限速度○○キロ!」などなど

運転席にかぶりつくことなく、普通に客席に座っているだけでも、運転手さんの声が聞こえるなんてあまり経験がないことで、短い区間の乗車でしたが、楽しませてもらいました。
こんな電車に普段から乗っている子供達は、期間の長短はあるにしろ、きっと鉄道好きになっていくのでしょうね。

2005.02.11

ブルートレインのヘッドマーク盗まれる

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Yahoo!ニュース 共同通信特急「さくら」マーク盗難 引退直前、急きょ製作中

今月末、東京から2本のブルートレインが廃止になります。
廃止になるブルートレインの名は「あさかぜ」と「さくら」。
どちらの列車名も、鉄道に興味のない方でもご存知の方が多くいらっしゃるブルートレインを代表する代表列車です。

昨今の新幹線や飛行機の充実により、ブルートレインの利用客が減少。そのような理由から大きなてこ入れもなく、古い車両を使い続けるブルートレインが廃止されていくことは、鉄道が好きな人間にとっても、ある意味、仕方ないと思っています。

しかしながら、どうしてでしょう? この手の話になるというも決まって、鉄道ファンの”犯罪”が発生します。

ブルートレインは、昔のSL時代の鉄道と同じように、先頭に機関車が連結される、客車列車です。
この機関車には、牽引しているブルートレインのヘッドマークが付けられています(写真参照)
ヘッドマークは、ある意味無愛想な表情の機関車の顔に華を咲かせ、列車全体の雰囲気を盛り上げる重要なアクセントかと思っています。
機関車のヘッドマーク掲示は、客車列車が多い外国の鉄道では、ほとんど行われることがなく、日本のブルートレインが行っている素晴らしいサービスかと思っています。

日本の鉄道ファンも、このヘッドマークという被写体を狙って、ブルートレインの写真を撮っている人を多く見かけます。

なのに・・・

JR九州が所有する「さくら・はやぶさ」と書かれたヘッドマーク6個のうち、5個もが盗まれてしまうとは、どういうことでしょう?
なくなってしまう列車のヘッドマークを自分だけのものにしたい? オークションで高値で売り飛ばす?
どういう理由かは当事者でないとわかりませんが、最近は何かと鉄道関係での盗難の話を耳にするようになりました。

長い歴史を持った列車の引退に、このような暗いニュースを作ってしまう犯罪を犯す鉄道ファンは許せません。

更に思うのは、「鉄道趣味誌」そして「各鉄道会社」においては、このような犯罪に結びつきそうな特集・イベントは自粛していただきたいと思っております。
さみしい話ですが、秩序が守れない鉄道ファンが存在する限り、必要な処置かと思っています。

<関連記事>
mattoh: 繰り返される蛮行(ヘッドマーク)
しんけいすいじゃく: 人、それを「泥棒」と言う
海外鉄道旅行愛好者: 鉄道ファンの横暴に思う・・・

2005.02.06

山梨リニア実験線を上空から確認する。

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羽田から大阪・福岡などの西行きの飛行機に乗ると、東京湾で高度を上げたあと多摩川を右に見ながら川崎市を北上し、田園都市線上空あたりに差し掛かったところで、一路西へと進路を向けることがほとんどです。

西への進路が定まった頃、右側を見ると、真下には私の生まれ育った「よみうりランド」、そして少し奥には今住んでいる「田無」の街も確認することが出来ます。

更に3分ぐらい進むと、右手の景色には山々が見え始め、その中に一直線に引かれた人造物を確認することが出来ます。
この長い直線。途中トンネルで切れている箇所がありますが、トンネルの前後も定規であわせたように一直線なっているのが、上空から良くわかります。

これが「山梨リニア実験線」
写真の右下から左上に向けて伸びる直線が”それ”です。

数年前から行われている試乗会に何度も申し込んでいるのですが、今だ1度もあたったことがなく、残念に思っております。
上海のリニアは昨年体験することが出来ましたが、今年は、このリニアで500kmを越える速度を体感してみたいと願っています。

でも飛行機から下の景色を見るのって、列車の車窓とは違う楽しさがあり、結構好きです。

2005.02.05

300系のぞみに乗車中

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いま小倉から「のぞみ」に乗りました。
なんと来た車両は、もう「のぞみ」で使われることがないと思っていた「初代のぞみ型車両」300系。
線路状態の良い山陽新幹線でも時速270キロしか出せず、最新の700系を使う山陽新幹線のイメージシンボルである「ひかりレールスター」の方が下位の列車ながら最高時速285キロで早い・・・

この「300系のぞみ」は、臨時列車でマニア的には希少な存在かもしれませんが、車両は揺れるし、指定された座席は、何故かまた目の前が壁で、人が通る度に自動ドアの騒音があるの落ち着かない場所・・・
東京までの5時間。、こんな不運な座席で過ごさないといけないと思うと、いくら私が列車好きとは言え、素直に飛行機で帰ればよかったと思ってしまいます。

また・・・
新幹線の指定をとって3回も連続して、大嫌いな壁前の座席を指定された私って、なんなんだろう・・・

2005.01.24

山手線から205系引退間近・・・

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今年(2005年)4月。山手線1周の所要時間が現在の約62分から3分程度短縮されて、60分を切るとの報道がありました。
山手線1周の所要時間は、1925(大正14)年の山手線開業当時約72分だったものが、その後の技術改良などを経て、開業から80年たって念願の60分を切ることが出来るそうです。

この山手線1周60分を切るために、そーっと消えていく電車が写真の205系と呼ばれる電車。
この電車が登場したのは、今から約20年前の私が15歳の時。
当時はまだJRではなく国鉄だった時代。
この205系は今では当たり前になりつつあるステンレス電車の中で、国鉄として初の車両であり、登場当時は鉄道ファンならず一般の方からもとても注目されていました。
私もまだ1編成しか製造されていなかった205系を追いかけ、山手線を1周したりしたのを良く覚えていますし、そんなに昔のことではないような気がします。

この度、1周60分の壁を切るため、この205系電車は4月までに全車が山手線から他の路線に転職します。
登場当時を知っている電車に迫る世代交代は、自分がそれだけ長く生きてきたことを思い知らされるようで、ちょっと複雑な心境です。

2005.01.23

小田急新型ロマンスカーVSE試運転風景(その2)

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昨日、小田原駅でVSEの試運転風景を収めてきました。
昨年末の12月25日。厚木駅を通過するVSEをビデオカメラに収めて以来、2度目のVSEとの対面です。
前回は駅を通過する風景をビデオで撮っていたため、肉眼で実車をほとんど見ることが出来ませんでしたが、昨日の小田原駅では試運転折り返しの約20分間。じっくりと観察することが出来ました。
残念なことに、試運転を見る予定がなかったためビデオカメラを持っていなく、動画を撮ることは出来ませんでしたが、それでもデジカメで試運転ならではの写真を撮れたのではないかと思っております。

今回小田原駅で撮影したVSEの試運転画像を久々にhtml形式で公開しました。
サーバー容量節約のため大きな写真は載せていませんが、それでも試運転中のVSEを楽しんでいただける画像集になったかなと思っております。

小田急ロマンスカー50000形VSE試運転

2004.12.26

新型ロマンスカーVSEの試運転ビデオ公開!

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来年(2005年)春から新宿と箱根を結ぶ、小田急の新型ロマンスカー50000系(VSE)が、12月24日から日中の試運転を開始しました。
小田急ロマンスカーの存在でレールファンとなった私個人にとって、新型ロマンスカーの登場は大きな出来事です。

と言うわけで早速昨日(12/25)に、なぜか小学校3年生になる娘を引き連れて小田急線を訪ね、厚木駅で海老名に向かう上りVSEを無事ビデオに収めることが出来ました。
この日の試運転は車庫のある海老名と小田原間で数往復にわたり行われていた模様で、沿線には数人のファンの方の姿が見ることが出来ました。

厚木での撮影の後、更に西へ進み、秦野で今度は下りを撮影しようとスタンバイしていたのですが、40分以上待っても来なかったこと。外気が冷たくなってきたこと。娘もいたので帰りはロマンスカーにしようとしていて、そのロマンスカーの出発時間が迫っていたこと・・・
等の諸事情もあり、16:05まで粘り、16:12発のロマンスカーで秦野を後にしました。

が・・・ 秦野を出た瞬間、VSEとすれ違ってしまいました。
ダイヤのわからない試運転列車を撮影するって難しいですね。

でも期待の大きい新型ロマンスカーを見ること。そしてビデオに収めることが出来ことは大変嬉しいです。

撮影した昨日中に本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)のブロードバンドムービー館で、早速公開しました。
VSEの動画は、まだ公開している人が少ないと思いますので、興味のある方にはぜひご覧頂ければ幸いです。

たいした映像ではないのですが・・・・

<関連記事>
海外鉄道旅行愛好者: 新型ロマンスカーVSE車登場!!

2004.12.08

新型ロマンスカーVSE車登場!!

img20041129153155.jpg <報道公開されたVSE車 写真提供:高田知彦様>

2004年11月29日。小田急電鉄が新型ロマンスカー(50000系VSE)の発表を行われました。

計画発表時から話題を呼んでいた車両がついにプレス発表となり、その模様はテレビでも公開されました。
この新しいロマンスカーVSEは、ここ10数年「小田急ロマンスカー」が失いかけていた「スタイル」「車内サービス」を復活させ、減少傾向にある箱根への観光客誘致を狙った車両と聞いています
私はプレス発表をインターネットで拝見し、そのスタイルにまず驚いてしまいました。
カッコイイのか、そうでないのか 判断に迷ってしまうデザインですが、とても気合の入った車両であることは、誰の目でみても異論はないでしょう。
早く実物を見てみたいし、乗ってみたいと思わせる車両であることだけは間違えないと思います。

このVSE発表を機会として、小田急ロマンスカーの歴史等を少し紹介してみたいと思います。

<小田急ロマンスカーの登場>
東京新宿から神奈川県小田原市を結んでいた小田急電鉄が、戦後の観光ブームを機に箱根登山鉄道の「箱根湯本駅」に直通電車を走らせたのが、昭和25(1950)年8月1日。
直通運転による効果は大きく、小田急を使っての箱根への観光客が、倍増したとのこと。
この効果を更にあげるために登場したのが小田急ロマンスカー。

<初代ロマンスカー>
初代のロマンスカーの登場は昭和32(1957)年夏。
まだ茶色い電車が沢山走っていた時代に、真っ赤な流線型のスマートな車体は異彩を放ち、人々の熱い注目を集めた。3000系(SE車)です。
注目を浴びたのは、スタイルだけでなく走行性能も当時の電車として最高のものであり、国鉄からも関心の目で見られ、私鉄車両ながら国鉄線上でテスト走行が行われました。
テストでは東海道本線を最高時速145kmで走行。その後の「特急こだま」や「新幹線」開発の基となったと言われています。

<展望室登場>
この後ロマンスカーは、運転席を2階に上げ前面展望を可能とした2代目のNSE車が昭和38年に登場。
前面に展望席を設置したNSE車は、ロマンスカー主役として沿線の子供たちからの憧れのまなざしが注がれました。
私もそんな子供の一人であり、今日列車をはじめとする乗り物に興味があるのも、この2代目ロマンスカーNSE車の影響が強いものと考えています。
昭和55年に登場した3代目(LSE)、昭和62年に登場した4代目(HISE)までは、この前面展望スタイルを保っていました。

<スタイルとサービスの変化>
しかしながら平成2年に登場した5代目(RSE)は、JR東海との相互乗り入れによる共通車両設計から、運転席を2階に上げた前面展望は廃止されたほか、SE車からずっと継承されてきた連接構造にも終止符が打たれ、ロマンスカーのスタイルが変化し始めます

またこのRSE登場時に、ロマンスカーの特徴的サービスであった「走る喫茶室」が姿を消してしまいました。
「走る喫茶室」は、客室乗務員(車掌ではない)が、乗客におしぼりとメニューを配り、乗客のオーダーに応じ、ガラスのコップでコーヒー・紅茶などが提供されると言う、車内全体が喫茶店みたいな貴重なサービスでしたが、RSEの登場を記に、新幹線やJRの特急と同じスタイルのワゴンによる車内販売へとサービスが変化してしまいました。

<観光以外にも求められるロマンスカーの需要>
小田急沿線は戦後宅地化が進み、都心への通勤通学客が急増しました。
ロマンスカーも変化を求められるようになった。箱根への観光客相手だけではなく、沿線住民への着席を保証する特急列車への需要の対応。
特に夕方以降は、新宿から町田、本厚木方面への帰宅の足として多くのサラリーマンがロマンスカーを求めました。
しかしながら元々観光用として箱根乗り入れを前提に設計されたロマンスカーは、通勤電車に比べ編成が短く、座席の供給量も少なかったのです。
これらの新しい観光ではない沿線住民の着席への需要には、ロマンスカーを印象付ける前面展望は必要なく、座席数の大幅アップが求められました。
この新しい需要に対応したロマンスカーとして登場したのが、30000系(EXE)です。

30000系(EXE)は、先の理由から座席増に重点をおいた車両となり、その結果、外観も従来のロマンスカーとは大きく異なることになり、ロマンスカーと呼ばれる観光用の特別列車というより、一般的な特急車両となってしまいました。
小田急もこの30000系(EXE)が、従来のロマンスカーとは別の意味合いの車両であることを認めるかのように、車両の愛称には、昭和32年登場の3000系SE車から継承されてきた「*SE」という愛称を与えませんでした。
またそのスタイルには観光のイメージも掴みにくかったのか、箱根への誘致のCMにも近年は30000系(EXE)ではなく、2世代前の10000系(HISE)が使われるようになりました。

沿線の宅地化が進み、複々線が推進され、JR東日本の湘南新宿ラインの大増発による旅客獲得争いの激化など、小田急の取り巻く環境が以前とは大きく変化してしまった現在、ロマンスカーに以前のような特別な車両を求めるのは、もはや時代遅れと思っていた矢先、バリアフリーへの対応が構造上困難なことから、まだ登場して16年しかたっていない10000系(HISE)を廃車とし、これに変わる新しい特急車両が必要となりました。
同時に減少傾向にあった箱根への観光客を取り戻すべき、小田急ロマンスカーの名に恥じない魅力ある車両設計が計画され、この時発表されたのが、30000系VSE車だったのです。

30000系VSE車により、小田急ロマンスカーの伝統であった「前面展望席」「連接式車両構造」「走る喫茶室(復活名称は別)」が復活。
初代ロマンスカーSE車以来の話題と期待を一心に背負い、2005年3月の営業開始を目指しています。


<関連記事>
海外鉄道旅行愛好者: 新型ロマンスカーVSEの試運転ビデオ公開!小田急電鉄ニュースリリース

2004.12.05

西武線101系(低運転台)電車が新宿線・池袋線から引退

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久々にいつも通勤で使っている西武線のお話。
西武線を通勤に使うようになって10年近くたちますが、通勤で同線を利用する前から西武線と言えば、今回引退する101系の顔をイメージしていました。
この101系は昭和44年に登場。勾配区間が長く続く山岳路線の秩父線を安全に走行できるように特殊なブレーキが装備されているのが特徴です。
今回引退するのは、昭和51年までに製造された低運転台車と呼ばれるもので、昭和54年以降製造された顔の違うブラックフェイスの電車はまだ残ります。
また今回の引退は本線と呼ばれる新宿線・池袋線からの引退で、多摩川線及び多摩湖線の予備車(計5編成)は、まだ残ります。
今回の引退にあたり、12月19日(日)にさよなら運転とイベントが開催されるとのことです。

101系(低運転台)さよなら運転(西武鉄道WEBサイト)

この101系電車。
通勤帰りにたまに来ることがありましたが、こんなに間近に引退が迫っているとは思いませんでした。
いつも通勤に使っている路線からの電車の引退。少し寂しいものを感じますが、あくまでも本線上からの引退と言うこと。
幸いこの101系が残る多摩川線の始発駅「JR武蔵境駅」も家の近所なので、まだまだこの電車の活躍を見ることが出来そうです。

2004.11.27

さよならブルートレイン 「あさかぜ」「さくら」

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いつかはこんなニュースが入ってくるだろうと思っていましたが、ついに現実になりました。
そのニュースとは、ブルートレイン「あさかぜ(東京-下関)」と「さくら(東京-長崎)」が、来年2005年3月を持って廃止されるとのこと。
<ブルートレイン>「あさかぜ」「さくら」来春引退

「あさかぜ」。
鉄道にあまり興味ない方でも、その列車の名前をご存知の方は多いと思います。
東海道新幹線開通前に登場したブルートレインを使用した最初の列車です。
列車と言えばまだ茶色や青い古めかしい客車が全盛の時代に、新星のごとく登場したブルートレインは、エアコンはもちろん個室寝台や食堂車を連結し、登場は「走るホテル」と呼ばれ、人々が憧れる豪華列車として一世を風靡し、チケットをなかなか取ることの出来ない人気列車として君臨していました。
「さくら」もブルートレイン化の時期は、「あさかぜ」より遅かったものの、日本の鉄道史に古くから登場する伝統ある列車です。

しかし1970年代中盤ごろから続いた新幹線網の充実。更には航空利用の一般化の波に、ブルートレインは乗客の減少に悩まされることになりますが、新型車両の登場や寝台の2段化などが行われ、ブルートレインブームと呼ばれた1982年ごろ、東京駅から出発していたブルートレインは、次の9本があり、当時小学生だった私の憧れの的でした。

今の「あさかぜ」「さくら」は・・・
現在使用されている車両が30年近く前のもの。
北海道行きのブルートレインである「北斗星」や「トワイライトエキスプレス」のような豪華さも全くないこと。
所用時間・値段などを考慮しても、列車のメリットが出にくい事など・・・
現状の「あさかぜ」「さくら」の取り巻く環境を考えると、廃止は悔やまれますが、ある程度仕方がないというか、よくここまで残っていたかとも正直思ってしまいます。

ただ機関車が客車を引っ張ると言う、鉄道が登場してから続いている列車と言う昔ながらの風格を持つ列車が消えていくことは、鉄道好きとして非常に悲しいニュースでした。
日本の経済成長ともに、人々の移動に対するニーズも当然大きく変ってきました。
そのニーズに今の「あさかぜ」と「さくら」が、相当前からあわなくなっていたことは十分認識していましたが、ついに廃止というニュースが聞こえると、感極まるものを感じます。

幸いなことに来年(2005年)3月以降も、東京駅からはたった1本だけですが、九州行きブルートレインが残ります。
「はやぶさ(東京-熊本)」と「富士(東京-大分)」。
現在は別々の列車として東京駅を出発していますが、3月以降は併結運転となり一緒に東京駅を出発していくようになるようです。
しかしいずれ早い時期に、今回東京駅発のブルートレインとして唯一残ることになった「はやぶさ」「富士」にも存続の検討がなされる時が来ることでしょう。
その際には廃止という方向ではなく、所要時間が長くても鉄道の旅を楽しめる「北斗星」や「トワイライトエキスプレス」のような、鉄道好きだけでなく、一般の方にも選ばれる列車にグレードアップして頂き、東京駅から鉄道本来の風格を今も伝える機関車牽引の列車の灯火が消えることがないよう、検討していただけたらと願っています。


-参考-

<1982年ごろの東京駅発ブルートレイン>
・16:30「さくら」長崎・佐世保
・16:45「はやぶさ」西鹿児島
・17:00「みずほ」長崎・熊本
・18:00「富士」西鹿児島
・18:15「出雲1号」浜田
・18:30「あさかぜ1号」博多
・19:??「瀬戸」宇野
・19:??「あさかぜ3号」下関
・20:??「出雲3号」「紀伊」出雲市・紀伊勝浦

<現在(2004年初冬)の東京駅発ブルートレイン>
・16:56「富士」大分
・18:03「はやぶさ」「さくら」熊本・長崎
・19:00「あさかぜ」下関
・21:10「出雲」出雲市
・22:00「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」高松・出雲市
*サンライズはブルートレインではなく、電車型寝台列車
[サンライズエキスプレス乗車記]

<2005年3月以降の東京駅発ブルートレイン>
・「はやぶさ」「富士」熊本・大分
・「出雲」出雲市
・「サンライズゆめ」「サンライズ出雲」広島・出雲市

<関連BLOG>
mattoh: 永遠の旅路へ~ブルートレイン
いつかどこかで: ブルートレイン<あさかぜ><さくら>引退
Terminal-DYasu: ブルートレイン「さくら」「あさかぜ」廃止へ
大きくなったら電車の運転士になる。: 「あさかぜ」「さくら」来春引退
Milestone: <ブルートレイン>「あさかぜ」「さくら」来春引退

2004.11.21

新型房総特急に乗りました。「新宿わかしお号」

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昨日、新宿から「新宿わかしお」の安房鴨川行きに乗りました。
先月までは、国鉄型の特急車両が使用されていたのですが、10月16日(土)に実施されたダイヤ改正から、写真の新型車両E257系での運転となりました。
この車両は、中央線の特急あずさ・かいじに使用されている車両と基本的に同じものですが、塗装及び車内の配色が千葉仕様になっています。
JR東日本千葉支社のE257系紹介のWEBサイト

この新型特急車両。E257系
新しい列車なので、従来の国鉄型の特急車両に比べ車内も綺麗で、座席の座り心地も悪くはないのですが、利用者から言わせていただくと大きな問題点がひとつありました。
それは、編成が短くなったこと。

ダイヤ改正前までの新宿始発の房総特急は、9両編成が基本(国鉄型特急車両)。たまにビュー型車両が使用されることがありました。
ところがダイヤ改正で登場した、写真のE257系は、5両編成が基本で、新宿始発の場合、従来の9両から5両に減車されてしまいました。

新宿から房総直通の列車は、休日に限り外房方面と内房方面にそれぞれ1本づつしか運転されないためか、新宿からはもちろん、途中停車駅の、秋葉原・錦糸町・船橋あたりからも結構な利用者がいます。
改正前までもこの列車の乗車率は6割を越えるぐらいはありましたが、今回減車されたことにより立ち客が出るぐらいの混雑となってしまいました。

車両はいくら快適になっても、車内が混雑していると、どうしても列車の印象は悪くなりがちです。
更にこの列車が、行楽地行きであり、日々通勤などで使用している人が少ないと思われる事を考えると、この混雑状況は、悪い情報となり、「房総に行く列車はいつも混んでいて・・・」なんて噂が広がってしまうかもしれません。

せっかくこれから観光に行くのに、混んでいる列車には誰しも乗りたくないもの。
このE257系は、基本の5両を2本たして、10両として運転することも可能なので、ぜひ混雑列車は10両で運転してもらうように工夫をして頂きたいと願っております。

旅客の変動に合わせ、基本を5両としたのでしょうが、もう少し細かな組成が出来るよう、3両や6両等の編成も作っていただきたいなと思いました。

だって今まで9両(又は10両)が5両では、こんな現象。起きてしまいますよね・・・・


2004.11.17

えきねっとは使えない (その2)

盛岡からの帰りにも、「えきねっと」事件は発生しました・・・・

帰る当日、来るときと同じようにパソコンから東北新幹線の予約を入れました。
予約画面での空席の有無が解らないのは、先に書いたとおりですが、今度は1度で予約確定されました。

帰りの予約は、乗車区間を自宅の最寄駅である「武蔵境」とし、乗車券も一緒に購入すると選択。
「えきねっと」の画面上には、指定券+乗車券の金額である\13,640(運賃:\8,190+料金等:\5,450)と表示されました。

帰りの新幹線の出発時刻が近づき、盛岡駅にある自動指定席券発行機にクレジットカードを入れて、チケットの受け取り手続きを行いました。

ところが・・・・

1.まず確認画面。
「盛岡→(はやて26号)→東京」としか表示されません。
これでは、はやて26号が何時に盛岡出発かわかりません。「はやて26号」の表示は良いのだけど、盛岡出発時間ぐらい表示してほしいものです。
私は盛岡駅出発確認がしたく、キョロキョロあたりを見渡すと、たまたま直ぐ頭上にLED式の出発案内があったので、それを見て「はやて26号」が、盛岡18:39発であることを確認できましたが、LEDがなく確認できなかったら、一旦画面をキャンセルしていたかもしれません。
ほとんどの旅行者は列車の番号ではなく、出発時間で予約を覚えているのではないでしょうか?
この「予約確認画面」。利用者の立場にたったシステム設計とは到底思えません。

2.次に出てきた切符。
自動指定席券発行機から出力された切符は、なんとまた壁真ん前の窓側。
来るときに「えきねっと」の予約で、壁前の窓側とも通路側とも思えない落ち着かない席を指定され、帰りも列車の進行方向が反対になったにも係らず、また壁前といかがなものか?
これはいじめとしか思えない!!!! それとも「えきねっと」は壁前の席しか予約できないのか!!!
これには普段冷静の私も、かなり頭に来ました。

3.さらに
「はやて26号」の指定券は問題ありながらも出てきました。ところが同じに申し込んでいるはずの乗車券が出てこない・・・・・
このあと、仕方なく乗車券をこの自動指定席券発行機から買いました。
「もしかして操作を誤り、乗車券付にしなかったかな・・・」
そう思って帰宅後に「えきねっと」の予約申し込み結果一覧を見ると、ちゃんと乗車券がついている!!!!
なんなんだ、このシステムは!!!!
きちんと乗車券込みの予約表示がされているのに、なんで指定席券しか出てこないの?
本当にこのシステムのいいかげんさに頭が来ます。

4.さらに、さらに (えきねっとではないけれど・・・)
乗車券が出てこなかったので、自動指定席券発行機で乗車券購入手続きをしました。
この機械で東北新幹線停車駅以外の駅までの乗車券を購入するには、駅名の入力をする必要があります。
目的地の駅名入力は、タッチパネルに50音の平仮名が表示されるのですが・・・・
普通、平仮名の一覧は日本人なら縦書きですよね。
ところが画面に表示された平仮名の一覧は、横書き。 しかも2列表示で「は行」あたりからは、右側の欄に表示されます。
平仮名の一覧が表示された際、私の目的地である武蔵境の「む」の位置が、一瞬で見つけられず、????と思い、それが横書きであることに気付くまで、ちょっと時間がかかりました。

普通タッチパネルで平仮名表示する時は、縦書きじゃありませんかね?
銀行のATMで振りこみ手続きをするときなども、縦書きだったと思うのですが、どうだったでしょうか?
日本人の感覚として、平仮名の一覧を頭の中でイメージしたときに、それは縦書きではないでしょうか。
だとしたら、機械に表示する平仮名も縦書きでないと、多くの利用者はその画面を見て違和感を、そして一瞬操作に迷いが生まれるのではないかと考えます。
このシステムを作った方のセンスが、私には理解できません。

5.さらに、さらに、さらに
2で出力された、壁前の指定席券がどうしても許せなかった私は、「みどりの窓口」の有人窓口に向かいました。
窓口氏に「えきねっとで申し込むと、どうしても壁前の席しか予約できないみたいなので、もう少し後ろの席に変えてもらえませんか?」と相談したところ、窓口氏も「壁前は落ち着かないですものね」と同情してくれて、マルス(指定席予約マシン)で席を探してくれました。
と空席を確認してくれたまでは良かったのですが、この次の言葉にまたまた絶句・・・
「席は空いているのですが、ここで発券すると差額400円が必要になってしまうんです・・・・」と駅員から申し訳なさそうに告げられました。
インターネットを使用し、「えきねっと」で指定席券を購入すると、通常に窓口でチケットを買うのに比べ、区間により割引が発生することがあります。
盛岡-東京間では、その割引が400円なんです。
つまり窓口で指定席の変更をすると、その割引が無効になり、通常料金との差である400円が必要とのこと・・・
もう「はーーー」とため息しか出てきません。

「じゃー結構です!」と立ち去ろうとすると、窓口氏は、自動指定席券発行機なら変更できる。いま空席一覧をみたら壁前の席は空いていないから、別の席が指定されるはず。試してもらいたいとフォロー頂いたのが、唯一の救いです・・・


6.最後の駄目押し
もうどうでも良いや・・・ と思い盛岡名産品の物色等をしていましたが、先ほどの窓口氏の自動指定席券発行機なら変更可能の言葉を試してみよう。どうせこれ以上最悪の座席はないのだからと、私は盛岡駅構内にある別のみどりの窓口に向かい、再び自動指定席券発行機立ちました。
画面をみると確かに「指定席変更」のメニューがあります。「変更ボタン」を押し、今手元にある指定席券を挿入します。
画面には、今日これから出発する盛岡→東京間の列車が表示され、窓側・通路側の空席状況も解ったかと思います。
「えきねっと」には表示されなかった「こまち」の表示もあり、私は手元にあった「はやて26号」から「こまち26号」に変更手続きを行いました。 ここまでは良かった。
手続きが終わると、自動指定席券発行機からは2枚の切符が出力されました。
1枚は変更後の「こまち26号」の切符。今度は壁から9列目の窓側です。ようやく壁前から開放されました(笑)
そしてもう1枚は、変更前の「はやて26号」の切符に、赤い字で「ヘンコウ」と書かれたものでした。
???と思いましたが、そのままポケットにしまい、新幹線の自動改札で「乗車券」と「こまちの指定席券」を2枚重ねて入れました。
ところが無常にも自動改札は音を奏で、私を違反者みたいに止めました。
なんで?

自動指定席券発行機で座席変更した場合、変更前の指定席券に有効な磁気情報が入っているようで、つまり「乗車券」+「元の指定席券」+「変更後の指定席券」の3枚を重ねて、自動改札に入れないといけないようです。

新幹線に自動改札が導入されたときに、「乗車券」と「新幹線特急券」は2枚重ねて入れてくださいというアナウンスは聞いたことあるけど、3枚の場合が発生するとは思いませんでした。
しかも
指定席券を窓口で変更したら、元の切符は回収されて変更後の切符を渡されるではありませんか。
私を含め、それに慣れてしまっている私を含む多く利用者は、自動指定席券発行機から出力された赤い字で「ヘンコウ」と書かれた切符にまだそんな重要な役目が残っているとは思わないのではないでしょうか?
私の場合、この赤い字の印字された切符を捨てなかったからよかったものの、中には「不要」と思って捨ててしまう人がいるのではないでしょうか?

技術的に自動指定席券発行機ような機械では、切符が回収出来ないのかとも一瞬考えましたが、定期券を継続販売する自動販売機もあるので、技術的な問題はなさそうです。
だとしたら、JR東日本ほどの企業が、なぜ窓口と機械での指定券変更対応が違うのか、全く理解できません。


今回の出張で、JR東日本の利用者向けコンピュータシステムがいかに、利用者の立場に立っていないシステムであることを、嫌なほど痛感させれました。
JR東日本ほどの企業が、このようなコンピュータシステムを作るとき、担当者がひとりで作るわけではなく、担当である多くの社員の方々がその操作性などについて議論を交わし、完成したと思います。
それなのに、こんなに使いにくい、理解できない動きをするシステムを造ってしまい、更にそれを利用者に開放してしまうことに理解できません。

このシステムを作った人は、これで利用者が使いやすいシステムだと思っているのでしょうか?
予約システムが進んでいる航空業界とかを参考にしていないのでしょうか?
鉄道の仕事ばかりしていて、そのような点を知らないのでしょうか?

航空業界は今や予約の5割以上がインターネットからの予約と聞きます。
利用者に使いやすいシステムを会社が全力で作り、その利便性で同業他社と競っています。
更に、空港には自動チェックイン機が並び、チケットを手にするのに時間を要しません。
かたやJRは、週末になるとみどりの窓口は、旅行者で長蛇の列です。

やはり競争のない鉄道は、そんな利用者の求めるサービスレベルの把握が出来ていないのでしょうか?
東京から盛岡のように、移動の手段が新幹線しかない 新幹線しか選べない だから、このようなシステムを平気で開放しても、違和感も危機感も感じないのかもしれません。

本当に今回の件は、いろいろな意味で経験になりました。
私が行う仕事では、このようなことが決してないように努めたいと思います。


<関連記事>
JR東日本のインターネット予約サービス(えきねっと)は、使えない・・・
最悪のグリーン席を割り当てられました。(えきねっと)

2004.11.14

JR東日本のインターネット予約サービス(えきねっと)は、使えない・・・

hayate.Jpg

今日出張で盛岡に行くことになりました。(日曜日ですが・・・)
急な出張なもので、駅のみどりの窓口で指定券を買う時間がなく、先ほどはじめてJR東日本のインターネット予約サービス「えきねっと」に登録してみました。

でもこのサービス
飛行機のインターネット予約サービスに慣れた私には非常に使いにくいものでした。
「えきねっと」を利用するには、まずクレジットカードを準備し会員登録する必要がありますが、この手続きは難なく終わりました。手続き後すぐに確認メールが届き、すぐに指定券の予約が出来るようになります。
問題はここからでした・・・

列車の予約は、乗車駅と到着駅をキーボード入力し、乗車日等をプルダウンで選ぶもの
でもTOPメニューから、この入力画面になるまでにスクロールしないと文末まで表示されない、ながーーい注意文が表示され、その下にあるボタンを押さないと検索画面になりません。
こんな長い文章。誰が読むんでしょう? 必要であれば会員登録の最初だけ表示すれば良いのでは、利用する度に長い文章を見せるとは、センスがまったくないと思います。

で更なる問題はこの後・・・
検索して表示される列車は最大3列車しかありません。 しかも表示されるのは「はやて」「やまびこ」だらけ、はやてと併結しているはずの「こまち」は、なぜか表示されない。

さらに
予約画面では、空席の有無が全く表示されません。ただ時刻表どおりに表示された列車の中から希望列車を選び、「座席区分」「窓・通路の指定」等を入力。
ここでも、長い文章が表示され、更には4箇所もあるチェックボックス全てにチェックを入れないと先に進みません・・・

そしてなんで・・・
その画面で予約の成立がわかりません・・・・
しばらくするとメールで「予約受け付けました」というものが流れてきます。予約を受け付けただけです。
更に3分ほど立つと流れてきたのは「予約できませんでした」

・・・・・まったくリアルタイムではありません。

パソコンでも画面を「予約一覧表」なるページにアクセスすれば、メールより若干早く「予約の成立・不成立」は解るのですが、利用者に親切とは思えません。

JRの座席指定コンピュータマルスは、飛行機の座席予約より開発は古く、さらに扱う列車・座席の数が比較にならないほど多いのかも知れません。
しかし、列車を選ぶ段階でその列車に空席があるのか、ないのかぐらいは表示されるよう改善してもらいたいものです。

今回、列車の切符を取るまでに、4回も「予約不成立」のメールが届き、5回目でやっと指定券を取ることが出来ました。
ここまでで「えきねっと」からのメールは10通も届いたことになります。(予約受け付けましたが5件、不成立が4件、成立が1件・・・ しつこい!!!!)
列車を選ぶ段階で「空席の有無」が解れば、4回もの無駄な作業をしないで済んだはずです。

飛行機では予約の半分以上はインターネット経由で受け付けているご時世です。
JALもANAもそんな時代背景にあわせ、予約画面は解りやすくシンプルなもの。そして利用者に無駄の作業の発生しない工夫がなされています。
更に空港には自動チェックイン機が並び、インターネットで予約したほとんどの人のチェックインは短い時間で済むなど、相乗効果が現れています。

今回の予約操作中、あまりに使いにくい画面でなもので、途中で新幹線なんかやめて、飛行機で盛岡を通り越し、三沢や秋田に抜けてしまおうかと思ったほどでした。
JR東日本もより利用者に使いやすいインターネット予約環境への改善を早急に考えてもらいたい。
つくづくそう思ったサービスでした。

<関連記事 2005/01/20追記>
くぼたかずみの新・献立日記: えきねっとは使えないね

2004.11.08

山梨のリニアモーターカー 実車が愛知博で展示される

来年(2005年)3月から開催される愛知万博(愛・地球博)にJR東海が「超伝導リニア館」を出展するとのこと。
この事実は知ってはいたのですが、このパビリオンには、実物のリニアモーターカーが展示されるということを、つい先日知りました。(私はてっきり模型が展示されるのかと思ってました・・・)

このリニアは現在、山梨のリニア実験線で活躍中の「MLX01-1」と言う形式のもの。
2003年12月に時速581kmの世界最高速度を達成した車両そのものです。

展示されるリニアは12月6日未明に山梨の車両基地を出発し、陸路で静岡県田子の浦に運ばれ、ここから船に乗り、12月8日に名古屋に上陸する予定とのこと。
名古屋ではパビリオン展示用に改修工事を行い、万博会場には1月21日に搬入予定だそうです。
パビリオンでは、リニアの実車展示で車内に入れるほか、大型スクリーンによる3Dシアターもあるようです。

試乗会に何度応募しても乗ることの出来ない山梨のリニア。
昨日書いた「IMTS」も気になるし、愛知博で実物リニアに触れることで我慢しようかと、まったく気に留めていなかった愛知博訪問を模索しはじめた筆者です。

<関連記事>
「JR東海 超電導リニア館」出展内容、及びリニア車両の運搬について

2004.11.03

「新幹線をつくった男 島秀雄物語」がテレビ放映される!!

cover

新幹線をつくった男 島秀雄物語

今晩(2004/11/03)、テレビ東京系にて「新幹線をつくった男たち」なるテレビ番組が放映されることを先ほど知りました。

これは私も以前読んだことのある新幹線をつくった男 島秀雄物語を原作とした、東海道新幹線の計画から完成までを追いかけたドキュメンタリー作品です。

戦後日本の復興の象徴として誕生した東海道新幹線。
この新幹線の誕生には技術的な問題はもちろん、その建設費の準備など数々の問題があったこと。
そんな数々の問題を解決しながら、世界初の高速鉄道である「新幹線」を完成させたドラマが、この本には書かれています。
当時不可能とされていた時速200Kmを超える列車の実現に向け、挑まれたこの事業。
既に飛行機や自動車に押され斜陽していた鉄道の社会的復権を成し遂げたのがこの新幹線であると言っても過言ではないような気がします。
この現在の日本の鉄道の基礎をつくった島秀雄氏について、テレビドラマの中でどのように表現されるのか、とても楽しみです。

JALカードsuica 12月1日より受付開始

JAL搭乗の度にマイルが貯まる「JALカード」と、JR東日本の電車に乗れるICカード「suica」が合体した
「JALカードsuica」
いよいよ12月1日から申し込みを開始し、1月初旬から発行されることがJALのWEBサイトで発表されました。

私は飛行機はJAL派(細かく言えば旧JAS派)で、出張や個人旅行の際はJALばかり使っています。
当然マイルもJALで貯めており、今日現在69446マイルの残高があります。

一方JR東日本のsuica。
私は通勤にJR東日本を使っていないので、定期型のsuicaは持っていません。
したがって、suicaイオカードと呼ばれる「切符型」のsuicaを利用しています。

今回登場する「JALカードsuica」は、まさに私のようなJR東日本の定期は持たないけど、suicaイオカードをよく使い、更にはJALにも良く乗っている私のような人間にぴったりのカードかなと思っております。

早速申し込みしようかとよくよくWEBサイトを見てみると・・・・

提携クレジットカードが「JCB」オンリーなんですよね・・・
「JCB」。昔に比べれば外国の多くのお店で使えるようになってきたとは思うのですが、「JCB」しかクレジットカードを持たずに外国に行くと言うのは、ちょっと、いやかなり不安です。
やはり多くの国の色々な都市でいちばん使えるカードは「VISA」と思っているんですが、最近はどうなんでしょうか?

これ以上、余計なクレジットカードは持ちたくないし・・・ ちょっと躊躇してしまっています。

2004.10.05

JR東日本と東武鉄道が総合乗り入れ!!!

またまたびっくりするようなNEWSが発表されました。
仕事で疲れて帰ってきて、すぐに寝ようかと思いましたが、その行動を差し置いてまでBLOGに書きたいと思うほどびっくりするNEWSです。。

JR東日本宇都宮線と東武鉄道との乗換駅になっている栗橋駅(埼玉県)に連絡線を設け、JR新宿駅と東武日光、鬼怒川温泉間に直通特急を走らせるとのこと。
これにはびっくりしました。

東武線は都心の浅草にターミナル駅があり、スペーシアなる専用特急を保有しています。
対するJR東日本も、宇都宮ー日光間に日光線という路線を持ち、週末には新宿から元特急車両を使った快速列車が走っています。
国際的な観光地「日光」への鉄道ルートは、昔からJRと東武の激しい競争があったのは、鉄道に興味を持つもの人なら多少は聞いたことのある話で、その競争していた2社が総合乗り入れなど想像すら出来ませんでした。

先月の相鉄線との総合乗り入れ発表もびっくりしましたが、今回の発表もまたまたびっくりです。
お互いの乗り入れ車両がどのようなものになるのか、とても楽しみにしています。

ちなみに実施は、2年後の2006年春とのこと。正式には1年半ということになります、
スペーシアがJR新宿に乗り入れるのでしょうか???

それと、次はどこの私鉄と乗り入れるつもりでしょうか?

JR東日本と東武が相互乗り入れへ 新宿―日光に特急 - asahi.com : 社会

2004.10.02

新宿わかしお号安房鴨川行

いま新宿にいます
ホームには国鉄型特急車両を使用する【新宿わかしお号】が停車中です。
次のダイヤ改正で新型車両に置き換わるとあって多くの愛好者がカメラに納めています。
私はカメラがを持ちあわせていないので携帯でパシリ

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2004.09.26

鹿島鉄道 時代が止まったままの鉄道

先週、日立電鉄に乗ってきたことはここでお話しましたが、同時に写真の鹿島鉄道にも乗ってきました。

鹿島鉄道は日立電鉄と違って非電化でディーゼルカーが活躍しています。
活躍するディーゼルカーは新型のレールバスのようなものが一番多いのですが、そんななかに混じって写真のような古めかしい車両も現役で走っています。

これらの車両は乗客減で悩む地方ローカル私鉄にとって、鉄道を趣味に持つ人たちを週末は呼び込む商売道具にもなっているようです。

近代化された車両になれた多くの人々にとって、写真の戦前生まれのディーゼルカーは乗っているだけで、忘れていた時代を思い出させてくれる憩いの車両のような気がしました。
これからも末永い活躍をしてほしいと祈っています。

鹿島鉄道の動画を本日、本サイトに公開しました。


2004.09.23

まもなく引退 房総の183系

来月予定されている時刻改正で、房総地区に新型の特急車両が登場します。

その陰で国鉄時代から長い間房総地区で活躍してきた写真の183系のほとんどの車両が引退することになりました。
今日は幸運にも千葉であった大人のお付き合いの往復に、この183系に乗ることが出来ました。
と言うより、今乗車中で車内からモブログしてます。
朝は沿線に写真を撮る多くの人を見ました。
私はデジカメを忘れてしまい、携帯でしか撮影できなかったのが悔やまれます。
まもなく舞浜通過です。

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2004.09.20

日立電鉄に乗ってきました。

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先日、日立電鉄に乗ってきました。
この鉄道は、茨城県内を走るローカル私鉄で、JR水郡線常陸太田駅近くの「常北太田」から、常磐線の日立駅手前である「鮎川」と言うところを結ぶ、全長18.1Kmの路線です。

ここを走っている電車は、写真の赤い電車。
実はこの電車。東京の人間なら誰でも知っている地下鉄銀座線から転用されたものなんです。
銀座線が今のように銀色の電車になる前に走っていたオレンジ色で、駅に到着する直前に瞬間的に車内の照明が消えた電車。
その電車が第二の人生として、塗装を替えてここで活躍しています。

ただ残念なことに、この日立電鉄。
鉄道部門の収支が悪く、この路線は来年(2005年)3月末日を持って廃止することを申請しています。
WEBで過去の歴史を見てみると、開業当時から資金不足に悩みながら、様々なコストダウンを実施し、路線を守ってきた姿が見えましたが、その努力もいよいよ限界のようです。

<追記:2004/09/24>
この時に撮影したビデオを本サイトにて公開しました。

2004.09.08

相鉄と横須賀線が相互乗り入れ???

今日の日経新聞朝刊に目を疑う記事がありました。

JR東日本と相鉄(相模鉄道)が相互乗り入れに向け協議開始

2010年開通を目途に、現在貨物専用線として使用している横浜羽沢貨物駅と相鉄線の西谷駅との間に線路を敷設し、相鉄線と横須賀線を相互乗り入れを検討するとの事。
これが実現すると、JR東日本としては初の大手民鉄との相互乗り入れとなり、歴史的に見ても例を見ない大きなNEWSではないでしょうか?

開通の暁には、JR新宿発-相鉄線湘南台又は海老名等の電車の設定が可能となり、小田急や東急にとっては多大な影響がありそうな気配です。

2004.09.01

「Suica」が名古屋でも使えるようになる!

<JR東海>ICカード乗車券を導入へ 3年後めど

JR東日本のICカード型乗車券「Suica」(スイカ)がデビューしたのは、2001年。
今年の8月からは、関西圏にもICカード型乗車券が広まり、JR西日本で「ICOCA」(イコカ)が登場。
「Suica」と「ICOCA」の共通利用も始まりました。

このICカード型乗車券は、関東や関西の各私鉄での導入も予定されており、関東私鉄軍の「パスネット」、関西私鉄軍の「スルット関西」、さらには関東バス軍の「バス共通カード」まで、数年後には進出してきます。
既に「東京モノレール」や「りんかい線」での採用が実施済で、今後益々便利になりそうで期待していました。

そんな中、中京地区での話しは聞いたことがなかったのですが、中京地区の大手私鉄である「名鉄」が導入を検討していたのが影響したらしく、今回中京地区のJR線を管理するJR東海の導入が決まったようです。

ICカード型乗車券は、財布の中の小銭を気にする必要もなく、1000円単位で入金が出来るため、財布の中に重い小銭を増やすことないのが、個人的には気に入っています。
更には従来のプリペイドとも違い、残額をきっちりと使うことも出来るのも魅力かと思います。

ただ1枚のカードが何度でも反復利用可能で、当然長く使うことになり、昔のようなカラフルな記念カードが発行されにくいのは、少し寂しさを感じます。

今回のJR東海の参入の他、航空会社のJALも同様のカードを発行し、搭乗券の変わりに採用することが先日報道されました。
このJALの発行するICカードは、もちろん「Suica」類としても使うことが出来、いよいよICカードの電子マネー・そして身分証明的な使われ方が始まるのかと思うと、コンピュータ好きの私としては、今後の更なる動向に目が話せません(笑)

報道を見ると、JR北海道、四国、九州でも導入を検討しているようです。

でもこのIC型乗車券、日本が特別進んでいるわけではないようで・・・
アジアのいくつかの都市で、日本で採用される以前から導入されているようです。
先日行った上海の地下鉄でも目撃しました。欧米などではどうなんでしょうか? 気になるところです・・・

2004.08.09

さよなら急行だいせん

この秋に行われるJRのダイヤ改正で大阪と山陰地方を結んでいる「急行だいせん」が廃止されることになったと聞きました。
この列車。実は私が始めて乗った寝台列車で、廃止と聞いたときちょっと寂しさを感じました。
私が乗ったのは、昭和60年4月1日。
15歳だった私は、初めての大阪で予約したホテルが見つけられず、その代わりの宿にと出雲市までの「急行だいせん」のチケットを「みどりの窓口」で求め乗り込みました。
そのときの写真が上のものです。

当時は特急運用から引退して間もない、20系と言われる初代ブルートレインの車両が使われ、初めて乗る寝台列車としては文句なしの車両でした。
編成は7両ついており、このうち大阪より3両程度が寝台で、後は座席車として使用されていたと思います。
私は指定された最後部の車両に乗り込み、初めての寝台に興奮しながら、最後部についていた展望室に向かい、大阪駅の出発を眺めていたことを思い出します。

この20系は3段ベットになっていて、ベットにもぐりこむと寝る以外の姿勢は厳しかったです。
ベットの幅も最近の寝台よりかなり狭く、通勤型電車のイスの幅しかありませんでしたが、特に窮屈さを感じることなく、寝ることが出来たと思います。
朝。目覚めると列車は宍道湖のほとりを走っていました。そのときの車窓は今でも目に焼きついています。

最初に乗った寝台列車としてはとても好印象に残っているのですが、ひとつだけ残念だったことは、この列車はかつて出雲大社への参拝客の輸送用としても活躍し、今は廃線になってしまった大社線の大社駅まで乗り入れていたことがあります。
私が乗ったつい1ケ月ほど前まで「急行だいせん」は、大社まで乗り入れをしており、ローカル線の大社線を20系のブルートレインで乗ることが出来なかったのことでしょうか・・・・

いま「急行だいせん」は最後の活躍をしておりますが、私の乗ったときに比べると、運行区間は大阪-米子間に縮小され、車両はたった2両のディーゼルカーになり、かつての機関車牽引の堂々とした列車の印象は残っていません。

客車牽引の堂々とした列車が好きな私にとって既に「急行だいせん」は別の列車になってしまっているような気がします。
風情ある列車が、日本から段々なくなってきてしまったことも、私が海外の鉄道に乗りに行く理由のひとつとなっています。

最後に「急行だいせん」の最終日までの安全運行を祈っています。

*参考 私のサイトにある「急行だいせん」の思い出
急行「だいせん」の20系時代

2004.08.07

宇都宮線の無料グリーン車

231g.Jpg

現在JR東日本の宇都宮線と高崎線で無料のグリーン車が運転されています。
これは今年秋のダイヤ改正で、宇都宮・高崎線と東海道、横須賀線を新宿経由で結ぶ、湘南新宿ラインの電車を全てグリーン車付にすることが決定されたことに起因します。
この準備のため、今年5月ごろから同線を走る電車にグリーン車を順次連結し始めたのですが、10月まではこのグリーン車を普通席として開放しています。

ちょうど先月末、約5年ぶりに宇都宮線の大宮以降に向かう用事があり、運良く往復ともこの無料グリーン車を体験することが出来ました。
上野駅では、無料グリーン車付の列車が入線すると、その旨を構内放送で案内していましたし、下車した石橋駅では時刻表に無料グリーン車連結列車の案内がありました。

無料ということで、多くの人が利用しており、中には私のように無料グリーン車狙いで、連結列車を選んで乗っている人も沢山見受けられました。
10月に向けこれからも連結列車が増えていくと思われますので、こちら方面にお出かけの際は時間に余裕を持って出かけ、この列車に乗って見られることをお勧めします。


2004.06.30

初 みなとみらい線

yokohama_1.Jpg

昨日、横浜のMM地区に行く用事があり、少し遠回りになるかなと思いながらも、先日開業した「みなとみらい線」に乗る機会を作ってみました。

都心から都営三田線、目黒線と乗り継ぎ、田園調布で「元町・中華街」行きの急行を持っていると、入線してきたのは、運良く写真の「みなとみらい線」の車両でした。

正面が青色で、ちょっと具合の悪そうな顔をした電車ですが、車内は新型の山手線と同様に出入り口の上に液晶モニターが2台もついている、とっても贅沢な作り、イスの座りごこちも悪くはありません。

電車は多摩川を超え、一路みなとみらいを目指します。
横浜駅の2つ手前の駅を通過すると、みなとみらい線開通に伴って、東横線が地下に付けかえられた区間に入ります。
横浜駅は島式ホーム1本で、大都市横浜にしてはちょっと小さいかなと思いました。ここで半分ぐらいのお客さんが降りていきました。

横浜からが「みなとみらい線」

残念ながら、目的地近くので、横浜から2つ目の「みなとみらい駅」で降りましたが、ここは地下ホームに自然光が挿し込むように、駅真上のビルの吹き抜けがホームまで繋がっている、とてもダイナミックな作りの駅。
そのすばらしいデザインは、一見の価値があるものと思われます。

2004.06.27

16年ぶりの幸福駅

koufuku.Jpg

先週は、東京→北海道→九州→東京という国内横断の出張をしておりました。
最初に訪れたのは「帯広」。この街に訪ねたのは16年ぶり。
16年前は「愛国から幸福へ」の切符で有名になった広尾線や、先端部分が列車代行バスで運転されていた士幌線がありましたが、昭和から平成に変る頃、どちらも廃線に追い込まれました。

今回帯広には、羽田から飛行機で「とかち帯広空港」に到着。
とかち帯広空港から定期バスで帯広市内に向かったのですが、その定期バスが空港を出発して最初のバス停がなんと「幸福駅」。

だれも下車ボタンを押さなかったので、バスが幸福駅前に停車することがありませんでしたが、バスの車窓から僅かに幸福駅跡が見え、あわててデジカメのシャッターを押したのが上の写真。

このバス。とても窓ガラスが汚れていて、デジカメには綺麗に写りませんでしたが、残されているホームとそこに横付けされているオレンジ色の保存車両が確認できるのではないかと思います。

16年間。まだ10代だった私が訪ねたときは、真っ白い雪に覆われていた「幸福駅」
季節は違いますが、16年前のここを訪ねたときの自分の姿を思い出していました。

2004.06.17

東京メトロへの怒りと不安 (今朝の新宿駅でのこと)

私は、毎日東京メトロ丸の内線を使っています。
朝のラッシュ時に新宿から都心方面への利用なもので、新宿からの始発電車を利用しています。

新宿駅では整列乗車が行われ、荻窪方面からの電車を待つ通常乗車列と始発電車を待つ列がきちんと分れています。
始発電車を待つ人は、指定の枠の中で待機し、始発電車の入線の直前に通常乗車の列に移動します。

ラッシュ時間帯の始発電車を待つ人の多くは、ほぼ毎日決まった人で固定され、始発電車を待つ列から、通常の列への移動は、駅の列移動を促す放送の前に常連の乗客主導で行われることが多いようです。
ところがこの列移動を促す放送を、駅員が間違えていました。

「始発電車をお待ちのお客様。列の移動をお願いします」とアナウンス。

私を含む多くの常連客がいつもより早い案内に????の状態
ホームにある、次の電車の行き先を表示するLEDにも「当駅始発」の文字がなかったのですが、皆放送を信じ列を移動しました。
ところが入ってきたのは、やっぱりお客を満載した荻窪方面からの電車。

始発電車を待つ人が通常列にいて、電車からの下車が終わっても乗りこまないため、スムーズな乗降が妨げられたばかりか、乗客どうしにも多少険悪のムードがあったように思えます。

にも係らず、ホームに沢山いる東京メトロの人たちは、間違った放送がされたことに誰も気づかないようで、先ほど間違ったアナウンスを駅員とは別の声の人が、「始発電車をお待ちのお客様。列の移動をお願いします」と・・・・
もう列は動いているのに・・・・

アナウンスを行う駅員さんは、人間だから間違えることもあるでしょう。それは咎めません。でも

・間違った放送をしたことを、少なくてもホームに10人はいる駅係員全員が気づかないのでしょうか?
・放送した本人も、間違った放送をしたことに気がつかないのでしょうか?
・間違った放送により、既に列が動いているのに、再度移動を促す駅員は何を見て放送しているのでしょうか?

ラッシュ時間帯に多くの鉄道が、乗降客の多い駅に大量の駅員を配置するのは、安全と定時運行を守るためと思ってます。

でも、間違え放送を駅員の誰も気づかないような注意力で、これらを守れるのでしょうか?
もし気づいているのなら、詫びの放送があっても良いと思いますが、それもない。
間違えに気づいても決まりきったマニュアルどおりの乗客案内のアナウンスしか出来ず、間違えに対しフォローする放送が行えないということでしょうか?
朝から怒りと共に、ちょっと不安を感じた日でした。

朝の東京メトロ新宿駅
毎朝、構内放送がなされてますが、人によってアナウンスの内容が違うのも疑問です。

あと車内放送。
英語放送があったり、なかったり・・・・ これも理解できません。

駅員・車掌の趣味で、放送しているんでしょうか?


まとまりのない文章で失礼しました・・・・

2004.06.15

東上線の新車は、西武線にそっくり!!!

東武東上線に新型車両50000系が今秋登場する旨、先日発表がなされました。

この車両。今までの東武鉄道のデザインであった、白地に青い帯や、銀色の車体に赤茶のラインといったものではなく、従来とは大きく異なったデザインとなっております。
東武東上線を利用している人に、この完成予想図を見せても、誰もそれが東上線の新車とは思えないデザインかと思います。

なぜ、そんなに従来とは違うデザインなのか・・・

理由は、この新車がメーカーの汎用車であるからです。
最近、各鉄道会社では車両の製造コストを落とすために、メーカーがあらかじめ用意している基本設計をそのまま流用する会社が増えてきました。

代表的なところでは、JR京浜東北線と東急田園都市線、東横線、みなとみらい線に使用されている車両は、前面のデザインが異なりますが、側面や内装などほぼ共通化が図られています。

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今回デビューする東上線の新車は、JRや東急とは違うメーカーによる汎用車です。
現在その汎用車を使用しているのが、東上線の隣の西武鉄道。写真の20000系と呼ばれるのが、汎用車を使用した通勤電車で、東上線にデビューする50000系とそっくりです。
違うのは、前面ライトの形状と、ラインカラー程度ではないでしょうか?

今後も、このような汎用車を使用した電車が、各鉄道会社に増えていくのかなと思ってます。
汎用車が増えるということは、今まで各会社が持っていた車両の特徴が消えていくようで少し寂しい感じもしますが、自社努力によるコスト削減を行い、運賃アップなど我々乗客にコストを求めない、公共機関としての姿勢と理解していきたいと思ってます。

2004.06.06

電車の工場見学(西武鉄道武蔵丘)

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昨日、いつも通勤でお世話になっている西武鉄道の、武蔵丘車両検査場なる電車工場の公開に行ってきました。

ここは、西武線を走る電車の点検・整備を行う施設で、同鉄道を走る電車は4年に1度この工場で検査を受けているそうです。
電車工場の一般公開というと、あまり訪問したことがなかったのですが、この武蔵丘車両検査場は、平成12年に出来上がった施設と言うこともあり、とても綺麗で広い敷地にも驚きました。

工場内には、軽食スタンドなどが数多く並び、地元ブラスバンドの演奏も行われるなど、決してマニア向けでない内容で、多くの家族連れが楽しんでいました。(私もそのひとり・・・)

帰りは、工場内の線路から直接、最寄り駅である飯能までの臨時電車に乗車しましたが、普段は乗ることのできない工場施設内を電車に乗って移動するということに、ちょっと興奮?し帰路につきました。

2004.06.03

銀座線のパラパラ広告見てきました

トンネル内に「パラパラ漫画」広告、銀座線に登場

本日から、東京メトロ銀座線に登場した、新しい広告媒体が登場し、今朝の目覚ましテレビなどでも紹介されていました。
幸いなことに、今日の夕方虎ノ門から赤坂見附まで銀座線に乗る機会があり、早速この広告を見ることが出来ました。

広告の設置場所は、東京メトロ銀座線の溜池山王から赤坂見附間にあり、溜池山王を電車が出発するとしばらくして進行方向右側にその広告が設置されていました。

今までもトンネル内の広告というと、成田空港直前のJR線や、同じく空港の羽田空港到着直前のモノレールで見ることが出来ますが、これらはオレンジや赤色のLEDをつかった文字やアスキーアートっぽいものですが、今回登場したものは、フルカラーのテレビと同等の発色と動きのあるものでした。

広告は、サントリーの清涼飲料水「燃焼系アミノ式」。
あの中国雑技団らしき人たちが、人並み外れたパフォーマンスで楽しませてくれるCMのひとつである 「ダブル登校」篇 が、テレビCMと同じ15秒間。走行中の電車の窓に綺麗に映し出されました。

今朝のテレビのレポートで広告の内容は知ってはいましたが、実際に見ると従来のトンネル広告に比べ、あまりに鮮やかで滑らかな動きにびっくりしてしまいました。
こんな広告が設置されていることを知らずに、いきなり見たらきっと目が点になっていたことでしょう。

でも同じ電車に乗り合わせていた多くの方の反応は、あまり関心がないような感じで、一部のOLの方が「これがテレビで紹介されていたものなんだ・・・」程度の会話が聞こえたぐらいでした。

技術的にも面白いなと思ったこの新しい広告媒体は、今朝のテレビ情報だと今月中旬ぐらいまでの限定公開のようです。
新しいもの好きの人には一見の価値が十分にあると思いますので、興味のある方はなくなる前にぜひ見に行って見て下さい。


個人的には、この広告をビデオに収めて、本サイトのブロードバンドムービー館に公開してみたいなとも思いましたが、いつも混んでいる銀座線の車内でビデオ撮影は、周りの迷惑も考えて、さすがに出来ないだろうとあきらめております・・・・

2004.06.01

新しい新幹線のデザインは、TALGO350より○○○○○

先日、次世代の東海道・山陽新幹線車両が発表されました。

東海道・山陽新幹線直通用次世代新幹線車両(N700)形式名等について
N700系のPDFファイル

一目見たとき、これって何? あまりかっこ良くない新幹線だなーって思ったのは私だけでしょうか?
現在最新である700系のノーズを更に伸ばした感じは分るのですが、なぜライトがあの位置なんでしょう?

確かに700系も登場したときに「何これ?」って感じのデザインでしたが、見なれてくるとあまり違和感もなくなり、最近登場した700系をベースにした台湾新幹線を、逆にカッコイイなーなんて思える感覚になったことから、実際に登場してきて見慣れれば、カッコイイと思えるのになるのでしょうか?
なんか、そうとも思えないデザインのような気がしてなれません・・・(笑)

これから登場する新幹線で一番スタイルが???と思っていたのが、スペインのTALGO350
これは、まもなく全線開通するマドリードーバルセロナのスペイン新幹線AVEに登場する車両なのですが、日本の東北新幹線のE4系を、少し小さくしたようなデザインです。(N700のライトはこのTALGO350に似ているような幹事もしますが・・・)
お世辞にもカッコイイとは言いにくいデザインですが、営業最高速度はなんと350km。
登場すれば、世界最速の新幹線となる予定です。

2004.05.18

北海道「旭川の列車風景」動画配信

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先日、出張で旭川に行った際。僅かな自由時間に旭川駅で撮影した、同駅を発着する列車の動画を編集し、WEBSITEで公開を始めました。

動画の編集そのものは、日曜日に出来上がっていたのですが、動画を公開する予定だったiswebのサーバーが既に他の動画ファイルでいっぱいになっていたため、その公開先を探していたのと、画面のデザインを現在リニューアル中のほかのページとあわせていたりして、公開が遅れてしまいました。

動画は時間の都合上、全て旭川駅構内で撮影したのですが、駅から見える景色は広く、駅の中だけでも北海道を感じることが出来ます。

幸なことに同駅を通る主要の列車は、この30分の時間でほとんど収めることが出来ました。
札幌や千歳空港とを結ぶ「スーパーホワイトアロー」「ライラック」はもちろん、網走行きの「オホーツク」。そしてデンマーク国鉄との共同デザインから生まれた日本最北の街稚内と札幌を結ぶ「スーパー宗谷」などなど

今回の動画は版権フリーの音楽ファイルの長さにあわせ編集してみました。
しばし北海道の列車たちを眺めていただけると幸いです。

動画へは、本サイト「ひとり汽車旅・のりものの旅」からお願いします。


<余談>
これが、メンバーズホームページへの最後の更新となりそうです。
写真は、動画ファイルから抜き出した「スーパー宗谷」です。

2004.05.07

「つばめ」、鹿児島中央駅に到着

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川内出発から、10分も経たないうちに、もう鹿児島中央到着のアナウンスが流れます。
長いトンネル内を減速しながら進み、外に出たと思うとそこが終着「鹿児島中央駅」です。
残念ながら車窓から桜島をゆっくり眺めながら、鹿児島に着たという実感を味わうことは出来ないようです。
この駅は九州新幹線の開業に合わせ、長年親しまれた駅名「西鹿児島駅」から改名されました。

鹿児島中央駅は、新八代とは違ってすでに完全に完成した形となっており、2面あるホームの左右に1本づつ、計4本の新幹線が停車できるようになっています。

でもこの鹿児島中央駅で停車中の新幹線の記念写真を撮ろうと思うと新八代より難しいです。
終着側は余裕のないほどホームのぎりぎり端に停車し、余裕のあるはずの新八代側にも新幹線の車両数にぴったりと合わせ進入禁止の策があるため、通常のカメラで新幹線を狙っても、近すぎてフレームにきれいに収めることが出来ません。

新幹線目当てで来たと思われる観光客の皆さんも新幹線の顔の前での記念写真をあきらめ、側面の「つばめ」マークの前で撮影している光景をいくつか見ました。

私は反対側ホームに回り、自分の乗ってきた新幹線をカメラに収めようとしましたが、反対側でも事情は同じでフレームに収まりません。
仕方なく2枚に分けて撮影をし、パソコンでパノラマ合成写真に仕立てたのが上の写真です。

撮影を終え、何か記念品でもと思い売店をいくつか回りましたが、マーク入りのお菓子程度しかなく少し寂しい思いをしながら、それでも開業記念マーク付きのビールとともに購入。

飛行機の出発時間も迫っていたので、急いで鹿児島空港に向かうことにしました

2004.05.03

小田急2600形リバイバル塗装車の動画配信

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今日、久々に小田急線の撮影に出かけました。
私は列車が好きでも乗るのが主でして、わざわざ電車の撮影を目的に出かけることは先ずないのですが、今回は撮っておきたい電車があったので、実家にちょっと用事があったついでに久々に撮影を楽しんでみました。

今日狙った電車は、写真の小田急2600形。
小田急線と言えば、白いか銀の車体に青い帯が通常ですが、この電車は昔の色のリバイバル塗装されたものです。

この「小田急2600形」。
私が子供の時には、非常に多く走っていた電車で、主に各駅停車や準急に活躍していました。
最寄り駅が各駅停車と準急しか停まらない駅だったので、この2600形には非常に沢山乗る機会があり、私にとって小田急線といえば、まずこの形式が思い出されるぐらい馴染みのある車両です。

この2600形の登場は1964年。実に私の生まれる前で既に40歳となっていました。
さすがに次々に登場する次世代電車への世代交代は進み、最後に残った2600形はこの1本のみとなり、それを記念してか、昨年秋の鉄道の日に登場当時のリバイバル塗装が施され、その後通常に営業運転を行ってきました。

しかしながら残念なことに、今度の6月5日(土)のさよなら運転をもって、引退するはこびとなりました。

この事実を知ったのが、つい数日前。
引退が間近になると、ファンが大勢殺到し、撮影もままならなくなると思ったので、まだ引退までひと月ある今日。普段どおりの自然な姿で活躍する「2600形」をビデオカメラに収めることが出来ました。

電車の撮影は写真も良いですが、動画もまた捨てがたいものです。
動いている電車の音や乗客の方の動きなど、写真では表現しきれない光景がビデオには収められます。
ただ欠点として、その編集が非常に労力が入るのですが・・・

そんな、今日撮影した「小田急2600形」の動画の編集を終え、HPに公開しました。
興味をもっていただいた方のご訪問。心よりお待ちしております。

ひとり汽車旅・のりものの旅 ←ブロードバンドムービー館からお入りください。

2004.05.01

「新幹線つばめ」の車窓から

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新八代を出発した「九州新幹線つばめ」は、高架線上を加速しながら速度を上げていきます。
新八代ー鹿児島中央間の九州新幹線には、途中駅が3つ。新八代側から順に「新水俣」「出水」「川内」。
このうち「新水俣」と「出水」は2本に1本が停車するパターンで、概ね1時間に1本の新幹線が停車。
「川内」は、1日上下1本通過列車があるものの、それ以外は全列車が停車します。

つまり列車の運行パターンは3つになります。
(1)ノンストップ(1日1本)
(2)川内のみ停車
(3)各駅停車

いずれの駅でも九州新幹線開通にあたりJRから第3セクター化された肥薩オレンジ鉄道に接続しています。

新八代から鹿児島中央までは127.6㎞(実㎞)。
この間にトンネルが50個。実に全体の69%がトンネルとなっており、それ以外の区間もトンネルに挟まれた山間部を多く走るため、視界が狭く(写真左) はっきり言って車窓の楽しめる区間は、ほとんどありません。

そんな九州新幹線で比較的長いことトンネルに視界を阻まれない区間として、出水駅周辺があります。
この区間からは、遠くに不知火海(八代海)を眺めることが出来ます。(写真右)
私が乗った日は、あまり天気が良くなく写真もうまく撮れませんでした・・・・・

さて、「新幹線つばめ」は、九州というアジア各国から比較的近く、その隣接国からの韓国客への案内を配慮し、停車駅案内等の「車内放送」は、日本語、英語、中国語、韓国語の4ヶ国語対応となっています。
この対応は素晴らしいと思ったのですが、車内放送の音量が非常に小さく、日本語の案内すら聞き取りにくいものでした。
せっかくのサービスなのですから、車内放送の音量には注意していただきたく強く思ったものです。

あと面白いなと思ったのは「運転手からの放送」があったこと。
飛行機では、ほぼ必ず機長からのアナウンスがありますが、運転中の電車の運転手からの車内放送は、私には過去に記憶がありません。
放送された内容はあまり覚えていないのですが、飛行機とそう変らず「定刻に運転しています」程度のものだったと思いますが、運転室からの生放送?は臨場感を感じ、なかなか好感が持てるサービスかと思いました。

車内サービスとしては、運転時間が短いので車内販売はありませんでした。
その代わりなのか、車掌さんとは別に「案内係りのお嬢さん」が車内を巡回していたのを覚えています。

「川内」に停車すると、「鹿児島中央」まで1駅の利用者が私の乗っていた車両に10人程度乗ってきました。
この「川内ー鹿児島中央間」には朝晩は区間運転の列車も運転されており、短距離利用者が見込める区間のようです。
「川内」を発車すると、すぐ右手に九州新幹線唯一の車庫である「川内車両基地」が見えましたが、残念ながら停車中の車両を見ることが出来ませんでした。

川内から鹿児島中央まで、九州新幹線はたったの12分で走ります。
ただしその間は、またほとんどトンネルなのですが・・・・

2004.04.26

新幹線つばめの車内

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いよいよ「新幹線つばめ」に乗り込みました。
接続する「リレーつばめ」到着前に乗り込んだので、私の乗車した一番後ろの車両には、私以外に多分同好と思われる方の2名しかいませんでした。

「新幹線つばめ」のシートは木を多くつかったものとして、開通時各メディアに紹介されました(写真左)
確かに背もたれや肘掛、そして妻面の壁に至るまで、九州で伐採できる木を多く使われているのですが、その座りごこちとしては、特に他の電車と大差ないようです。
通常の新幹線が普通席は横5人がけになっているのが、「つばめ」では横4人がけとなっていますが、それも特に座席が横に広いとは思いませんでした。
気になったのは、座席に座った状態で車内に目をやると、座席の背もたれが他の新幹線と比べ若干高いような気がして、視界を狭く感じましたが、他の方はどうなんでしょうか?
車内の空調などの設備は、基となった東海道・山陽新幹線の700系のものがほぼそのままの形で使われているようです。
来年秋開業予定の台湾新幹線も700系を基本とした設計がされており、700系の兄弟は東海道・山陽・九州・台湾と大変広範囲に活躍することになります。

座席には、「新幹線つばめの案内」とJR九州の旅情報誌で「プリーズ」という冊子が差し込まれています。(写真右)
「新幹線つばめの案内」には、特徴的な車内設備の案内、運賃、時刻表の他、新幹線つばめと同時期に登場した「特急はやとの風」等の紹介があり、趣味人はもちろんそれ以外の人にも興味を持ってもらえそうな内容のものでした。
「プリーズ」というのは、機内誌みたいなもの。トンネルの多い九州新幹線の乗客を飽きさせずに30分すごしてもらうには、こう言った冊子も必要なのかもしれません。

車内の写真を撮ったり、座席の座りごこちを確認している間に「リレーつばめ」が到着、乗客がこちらの「新幹線つばめ」に移動しましたが、それでも車内には10人程度。とっても空いている状態で、新八代駅を出発しました。

2004.04.23

新八代駅で引き上げ線に入った「つばめ」

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「リレーつばめ」からの乗客を受け入れた「新幹線つばめ」が、鹿児島中央に向けて出発すると、約10分後に今度は鹿児島中央からの「つばめ」が到着。
先ほどの流れとは逆に今度は「新幹線つばめ」から「リレーつばめ」に乗客が移動し、「リレーつばめ」は博多に向け出発していきました。

乗客を降ろした「新幹線つばめ」はなぜか、回送となっています。
この車両は回送で鹿児島方面に引き上げ、空の車両が別にやってくるのかなと思ったら、なんと回送の「つばめ」は、鹿児島方面とは逆方向の熊本方面への引き上げ線に移動しました。(写真左)
この引き上げ線。結構長く、置くに止まった「つばめ」が小さく見えます。
この角度から見る「つばめ」。個人的にはなかなか気に入りました。

ところで自分の乗る「つばめ」は?
と思っていると、これまたなんと引き上げ線に入った「つばめ」がホームに進入してきました。(写真右)
すべての「つばめ」が新八代駅で、このような折り返し運転を行っているのか分りませんが、引き上げ線からホームに進入する際、熊本寄りでカメラを構えると、駅での撮影のしにくい「つばめ」も、このようにとらえる事ができます。

これは、接続を1本遅らせた人だけがもらえる恩恵なのかもしれません。

2004.04.21

「リレーつばめ」初乗車

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九州新幹線に乗るために、その接続列車である「リレーつばめ」に乗りました。
特急「リレーつばめ」
博多(一部は北九州)から、新幹線の接続駅である新八代まで走る特急列車。
つい先日までは、この車両・列車が「つばめ」と呼ばれ、博多ー西鹿児島間を結んでいましたが、今年3月13日の九州新幹線登場を機に列車名の「つばめ」を新幹線に譲り、新幹線に接続する列車として「リレーつばめ」としてリニューアルされました。

この列車。面白いのは鹿児島まで走らないのに、列車の入り口の行き先表示は「鹿児島中央」表示となっています。
注意書きとして小さく、「新八代駅で新幹線つばめと接続してます」 と書かれています。
駅で列車の接近を知らせるアナウンスも、「鹿児島中央行き」となっており、鹿児島に行くのには実際には乗換えが必要なのですが、「リレーつばめ」と「新幹線つばめ」は同一列車であるごとく、表現されているのが面白いです。

この「リレーつばめ」に使われる車両は、新幹線つばめ連絡特急となるに伴い、車体の色が従来より若干黒くなったのと、走行区間が短くなることから、この形式の花形車両であったビュッフェ車両も座席に改造されてしまいました。

*写真は、リレーつばめ乗降口の「鹿児島中央」表示と、新幹線に接続する新八代駅に入線する同列車です。

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2004.04.07

つくばエクスプレス 秋には秋葉原まで試運転開始

つくばエクスプレス

来年(平成17年秋)に、東京の秋葉原から茨城県つくば市までの約58kmで開業が予定されている「つくばエクスプレス」
計画当事は、常盤新線とも呼ばれた同鉄道は、着々と工事が進んでいるようで、今年の11月には始発である秋葉原まで乗り入れ、試運転を開始との報道がありました。

車両自体は昨年すでに完成し、その特徴ある顔が妙に印象に残っています。(電車の顔が見たい方は、上のリンクから同社のHPにアクセスしてください)
この車両を使って、昨年4月からごく短い区間での試運転は始まっていたようですが、今月はじめから試運転区間が延び、営業最高速度である130kmで運転を開始。秋にはこの試運転区間秋葉原まで伸びるということのようです。

それにしても、開通はまだまだ先と思っていたのに、時が流れるのは早いものです。

2004.04.02

東京メトロ 私と相性が良くないみたいです・・・

昨日の記事、東京メトロが始まって・・・の続きになるのかな・・・

今朝2日目の東京メトロに乗りました。
事情があって、いつもより30分程度早い時間の電車だったので、新宿からでも着席することができたのですが、
降りる駅で問題でした。

改札に定期を入れ、いつもなら出口で定期券が排出されるのですが、今日に限ってすぐ出てこない。
「?」と思うまもなく、出口にある液晶表示に「紙つまり」の文字・・・・・

ラッシュより若干早いとは言え、改札には多くの人がいて、皆さんに白い目でみられたような気がします。
程なく駅員さんが飛んできて、機械をあけて定期を探してくれるのですが、これが見つからないんです。
つまるところは大抵決まった場所なのでしょうが、そこにはなく、ほかもいろいろ探すけど出てきません。
「定期ですよね?」と再度確認までされてしまって・・・
1分ぐらいして、本当にイレギュラーらしいところから定期券が発見されました。
どうも「東京メトロ」は私と相性が良くないみたいです。

「東京メトロ」言えば
丸の内線に最近走っていた「50周年記念車ガーナチョコレート号」の運転が、営団地下鉄の終了とともに3月末日で終わってしまったみたいです。
赤いラッピングをはずされているシーンの写真をwebでみました。
あの姿で、ずっと運用してもらえれば楽しかったのですが、とても残念です。

【車内放送】
昨日の記事で車内放送に触れましたが、今日気がついた点
英語放送は、ON・OFFの設定が可能らしく、今日乗った電車では英語放送がありませんでした。

2004.04.01

東京メトロが始まって・・・

今朝から、営団地下鉄が「東京メトロ」と名称を変え、運行を開始しました。

私も早速今朝の通勤で「東京メトロ」に乗車しました。
そこで、私なりの感想を、改札をから順を追って、紹介してみたいと思います。

【制服】
「東京メトロ」になって、駅員さん、乗務員さんの制服が変わりました。
新しい制服は、写真では見たことありましたが、実際に見てみるとちょっと青っぽい色ですね。
社員だけでなく、朝のラッシュ時対応のアルバイト君の制服も変わっていました。
営団のうぐいす色の制服も個性的で嫌いではなかったのですが、新しい制服の登場は、民営化にともない社員みなさんの士気向上の役目もあるのでしょう。

【ダイヤ改正?】
私の乗る丸の内線では、「東京メトロ」になる日にあわせ、若干ダイヤの変更があったようです。
実は、私は毎朝丸の内線を新宿から利用し、新宿始発の電車で座って通勤しているのですがこれがなくなってしまいました。
しかも駅員さんがこのことに触れてくれず、毎朝同じ始発電車を利用している私を含めたお客さんは、LEDの案内表示をみずに、いつものタイミング(時間)に、始発電車待ち行列を次の電車に乗る列に移動。(私はLEDの表示に当駅始発の表示がないことに気がついたのですが、大衆は列を移動してしまいました)
ホームに入ってきた電車は、すでにお客さんがたくさん乗った電車でした。当然座れません。
昨日までなら始発電車が来たのですが、ダイヤが変わったなら、それなりの放送してよ!東京メトロさん!

東京メトロ。最初からとんでもない洗礼をくれました!! 

やはり立って通勤電車に乗るのは疲れます。よって明日から次の始発に乗ることに決めたため、出社時間が若干遅くなる予定です・・・・


【車内放送】
丸の内線車内に流れる車内放送も、今日から少し変わりました。
従来の女性より少し声が低い女性の声に変わり「東京メトロをご利用頂きありがとうございます!」と流れ、社名が変わったことを改めて感じました。
ただ気になったのは、駅到着時に、「足元にご注意ください」というアナウンスがやたら流れるようになったこと。
正直うるさいと思えました。 何か事故があったときに車内で注意を促しているという逃げ?のための放送でもあるのかなとも思いますが、日ごろから旧営団は不必要と思われるホームのアナウンスが多いことが気になっていたので、さらに拡大したかと、個人的には思いました。

【記念パスネット】
「東京メトロ」誕生を記念したパスネット売ってるみたいですね。
でもやはり商魂ないようで・・・・
下車駅では、おじさん二人が、いつもどおりにパスネット売ってました。しかも雑談交じりにね。

「東京メトロ誕生記念パスネット、今日発売です!」

とか言えないのかな?
私が記念パスネットの存在を知ったのは、パスネットを売っているおじさんをはるかに超えた、駅構内のポスターからでした。

おじさんがたは、きっと営団のOBで嘱託の人なんだろうけど、営団は民営化されたんですよ。
民間はもっと商魂出して商売しましょう! と思った東京メトロ初日の感想でした。


<追記 2004/04/01 20:00>
帰宅の際、車内放送についてもう少し気が付いたので・・・

次の停車駅案内は、扉が閉まって電車が動き出すと、まだ発車したばかりのホームが見えている段階で、「次は・・・・」って始まります。 ちょっと早いかな? とも思えます。
また日本語での案内が終わると、全ての駅で英語による案内がされていました。

「足元にご注意ください」のアナウンスは、電車が駅に進入する直前に行われ、続けて「お出口は○側です」と放送されます。

営団時代から、東京メトロは出口案内が好きですよね?
丸の内線の車内案内機は、現在その電車の行き先がランプで表示されるようになっていますが、確かあの電車が登場した時は、出口の方向を知らせるランプだったような記憶があります。
だから、やたらランプが点いていて見にくかったような・・・・・

きっと偉い人に、必要以上に出口案内にこだわる人がいるのでしょうね。

2004.03.31

今日でさよなら
営団地下鉄から東京メトロへ

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今日、2004年3月31日をもって営団地下鉄は終了。明日から民営化され名称も「東京メトロ」に変更されることになります。
「東京メトロ」への名称変更に伴い、明日から駅員さんや乗務員さんの制服が変わるほか、長年使用されてきた営団マーク(写真右)も消えることになりました。
駅ホーム内のデザインが変更されている駅もいくつかあるようです。

それにしても「東京メトロ」。言いにくい名称だと思うのはわたしだけでしょうか?

今日まで「営団○○○線」とかで読んでいた路線名を、明日から「東京メトロ○○○線」とは呼びにくいような気がします。
明日からは単純に「地下鉄○○○線」って感じで呼ぶのが一般的になるのかな?なんて思ってます。

2004.03.28

食堂車で朝から・・・・(北斗星での朝食)

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食堂車。
列車の中で流れゆく景色を見ながら食事をする光景は、汽車旅がもっとも優雅に見えるシーンではないでしょうか。
昔はほとんどの特急、ブルートレイン、そして新幹線にも連結され、結構身近に、そして気軽に利用することの出来たわが国の食堂車。
しかしながら新幹線開通により多くの長距離特急列車の廃止。そしてその新幹線の速度向上による乗車時間短縮のための、最速の新幹線「のぞみ」には初めから食堂車の設定はなく、今では全部の新幹線から食堂車が消えてしまいました。

現在日本で食堂車を連結している列車は次の3本になってしまいました。

・北斗星(上野ー札幌)
・トワイライトエクスプレス(大阪ー札幌)
・カシオペア(上野ー札幌)

私は、この中で北斗星に2度乗車したことがあります。残念ながら上野ー札幌間の通しの乗車経験はなく、函館ー上野、盛岡ー札幌という、途中駅からの乗車パターン。
どちらも列車に乗り込んだ時間が、午前0時近かったこともあり、「北斗星」での夕食の経験はありません。

しかしながら、朝食は2回ともしっかり頂いています。
「北斗星」の食堂車の朝の営業開始時間は午前6時。実際にはその少し前から入れてもらえました。
写真は、函館から上野に向かう際に「北斗星」の食堂車で注文した朝食。
1600円と街中に比べて、ちょっと高いですが、流れゆく景色を見ながら食べる朝食は、本当に贅沢なもの。
ちょうど仙台駅に停車中に朝食が運ばれ、ホームからの視線に、ちょっとした優越感がまたたまりません(笑)

ところでこの朝食の写真にさりげなく、朝食に似つかわしくないものが写ってます。
実は私より前に、おひとり先客の方がいらして、このドリンクを注文されているのをみたら、私もついつい・・・

早朝の東北路を、列車の揺れに身を任せながら、食事をする・・・・ うーん「これぞ、汽車旅の醍醐味!」です。

2004.03.23

健康診断のおかげで、普段は乗れない電車に乗れた!

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今日、健康診断に行かなければならないことに、出社してから気がつきました!
健康診断と言うのは前日から飲食制限があるものですが、今回は午後だったので、それはセーフ。 午前中の定例会議を終え、健康診断に向かいました。

昨年までは会社で健康診断を受けられたのですが、諸般の事情で今年は、新宿の社会保険診療所まで足を運ばなくてはなりません。
今日訪問した、社会保険診療所。実は私が毎日通勤で使っている私鉄駅の近く に位置してます。
診断時間も会社で簡単に終えるのと違って、長い時間を要するため、終了時間も夕方の予定となっていました。
格段急ぐ仕事もないので、そのまま直帰させてもらうこととしました。

が、思ったより終了が早かったです。(笑)  でも会社に帰らないと決めた以上戻りません。(とっても不真面目な会社員です)

私が通勤に使っている路線には、なぜか普段の生活では乗ること出来ない種別があります。
平日の昼間。しかも1時間に1本しか走らない種別

「快速急行」という種別。

これはとても早くて、 て書いてるうちに地元駅に着きました。
新宿から実に18分。毎日こうなら良いのですが・・・

<自宅に戻ってから追記>
この快速急行たる種別の列車。切符さえ持っていれば誰でも乗れる電車なのですが、驚くべきことに有料の特急が停車する駅を通過してしまいます。

2004.03.21

地下鉄の駅ナンバリングについて思う

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東京の営団地下鉄(4月より東京メトロ)と都営地下鉄では、「駅ナンバリング」という制度を4月の完全実施に向けすすめています。

駅ナンバリング

これは、上の写真のようにホームにある駅名表の「路線」と「駅名」に、それぞれアルファベットと数字の組み合わせで固有の表示を行い、日本語のわからない外国人にも分かりやすく、地下鉄を利用してもらうための制度だそうです。
上の写真のナンバリングは、「C」は千代田線を表し、「08」は始発駅からの駅数を表しています。

地下鉄路線に「千代田線」や「丸の内線」等という名称をつけるのは全く問題ないのですが、それを日本語の分からない外国人にまで強要するのは、今まで無理があったことかと思います。
多くの外国の街の地下鉄路線は、アルファベット表記か数字表記で路線を表すことが多く、現地の言葉が分からない私でも割と自由に乗ることが出来ました。
東京の地下鉄も路線ごとに固有の色をつけていましたが、緑を使う千代田線を「グリーンライン」、赤を使う丸の内線を「レッドライン」などとは呼ばれていませんでした。
地下鉄路線が増え、似たような色で表記される地下鉄が増えてしまったので、色で分別するのも難しくなったと思います。

そこに登場した「アルファベット+数字」での路線表示は、外国人利用者が増え、観光立国日本を目指す上で、とてもよいことだと思うのですが、実施方法がちょっと中途半端かなと個人的には思っています。

どこが中途半端か?
この表示が行われるのは、駅ホームの駅名表、車内の停車駅案内、駅で配布される統一路線案内図だけ。
何か重要なのが抜けてませんか?
私は「駅の入り口」に表示することがとても大切なことだと思います。

外国の街で地下鉄に乗ったことある人なら、誰でも経験ありますよね?
地下への入り口にある路線を表す表記を確認して地下に入ったこと。
その部分が抜けているんです。現在地下鉄駅の入り口には路線を現す「色」は使用されていますが、せっかくこのような制度を作られるなら、何故この新しい「駅ナンバリング」表示を入り口にも表示しないのだろうか?
私には理解できません。
駅の入り口にもこの「駅ナンバリング」表示を行われることを望んでいます。

もっともこれ以前に、東京を訪れる外国の方が東京の地下鉄に対し、もっとも不思議に思われるのは2つの事業者「営団(東京メトロ)」と「都営」により東京の地下鉄が運行されていることでしょうけど・・・・
これも早いことひとつの事業体で運営されればなと思っています。

2004.03.14

よみうりランドモノレール(昭和49年の国土交通省提供の空中写真から)

4563 rebirth: 国土交通省 空中写真閲覧サービスへのトラックバック

国土交通省でとても面白い地図が公開されていることを、上記Weblogの記事で知ることが出来ました。
国土交通省の国土情報ウェブマッピングサービス」というところにある「カラー空中写真の閲覧」というところで公開されている地図がそれです。

ここでは、昭和49年、昭和54年、昭和59年、平成元年に撮影された日本全国の多くの町の空中写真が公開されています。
大都市だけではありません、多分人口カバー率90パーセントぐらい網羅しているんではないかと思うぐらい、あらゆるところを細かく撮影されています。

いま自分の住んでいるところ、以前住んでいたところ、勤務先等、空中から撮影された写真をみて一喜一憂出来ます!
ぜひ試してみてください。面白いです。


私は自分の育った環境の昔の写真を発見し、一部切り出して見ました。
yomimono.JPG
「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」

これは、東京と神奈川県の都県境にある遊園地「よみうりランド」付近の昭和49年当時の空中写真の一部です。
かすかに写っている線は、昭和53年ごろに廃線になってしまったモノレールです。車両の姿も見ることが出来ます。
*この写真の全景が見たい人は「こちら」からどうぞ。

私にとって自宅から歩いて5分の場所にあったこのモノレール駅は、子供時代の遊び場でした。
1周50円で乗れたこのモノレールに良く乗ったものです。
私を鉄道好きにしたのは、同じく近所を走っていた小田急ロマンスカーとこのモノレールの存在だったと思っています。

このモノレールは廃線後、高架式ゴーカートのコースとして使われて、当時のモノレールとほぼ同じ視線での風景が楽しめたのですが、残念なことに昨年にゴーカートは休止、80パーセント程度残っていたレールもほとんどが撤去されてしまいました。
少年時代の思い出が急に消えてしまったようで、とても寂しい気持ちです。

レールの撤去中に撮った写真を私の本サイトで画像掲示板に公開してます。
いつの日か、このモノレールについて、私の本サイトで制作しようと思っているのですが、そう思ってもう5年もたってしまいました。
走行中の写真が見当たらないのもその理由のひとつかも知れませんが・・・

ここをご覧になられた方で、「よみうりランドモノレール」の走行中の写真等をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひご提供頂きたく、ご検討お願いします。

2004.03.12

「西鹿児島駅」さようなら

PIC00035.JPG

いよいよ明日に迫った「九州新幹線つばめ」の開業。その裏で歴史ある駅名がひとつ消えることになりました。
それが「西鹿児島駅」
少年の頃から列車が好きだった私は、東京駅から出発する夜行列車ブルートレインの中でもっとも遠くまで走っていた西鹿児島行きの列車に強い憧れを持っていた時期がありました。

東京駅から20時間。経由によっては24時間以上かけてたどり着く「西鹿児島駅」
ブルートレインの行き先表示に光るその駅名は、少年時代の私の憧れそのものでした。
東京駅で出発する西鹿児島行きのブルートレインの出発を何度も見に行き、いつの日か西鹿児島まで行ってみたい。
そう思わせた憧れの駅名「西鹿児島」も、あと1時間ほどで、その駅名を「鹿児島中央」に駅名を変えます。

九州新幹線開通は、ひとりのファンとして嬉しい話
でも
「西鹿児島駅」の名称が消えるのは、少年時代の思い出が消えてしまいそうで、寂しい気持ち

複雑な心境です。


電車型コンテナ列車登場(JRダイヤ改正)

明日、3月13日にJRダイヤ改正が行われます。
世間的には「九州新幹線つばめ」の開業、「上越新幹線の本庄早稲田駅」開業などが大きな話題になっていますが、もうひとつ世間的には話題になりませんが「電車型コンテナ貨物列車登場」も歴史に残る大きな事柄ではないかと思ってます。

電車型コンテナ貨物列車は、正式には【スーパー レール カーゴ】と呼ばれます。

スーパーレールカーゴ(以下SRC)は、従来機関車に牽引されていた貨物列車を電車タイプにしたもので、加速・減速能力、最高速度の向上はもちろん、重かった機関車をなくしたことで、線路への負担も軽くさせるなど環境はもちろん、保線にもやさしい貨物列車で、明日のダイヤ改正から東京-大阪間に登場します。

SRCは、最高速度130キロメートルを誇り、東京-大阪間をかつての「特急こだま」と同じ6時間で結びます。
残念ながら夜間のみの運転で、一般の人の目に触れることは少ないかと思いますが、大阪ではユニバーサルスタジオ駅近くの貨物駅で遠目に見ることが出来るかもしれません。

トラックに比べ環境に優しい鉄道貨物輸送の花形列車としての活躍を期待したいと思います。
人間誰しも、物流があって今の生活レベルが維持できていることを、もう一度再認識し、物流にかかわる環境問題を考るきっかけに、この新型貨物列車の登場がなればいいなと思ってます。

でも残念なことに
このスーパーレールカーゴを運用する、JR貨物のホームページにこの列車の記事がないことが残念でなりません。

どんな列車か気になった人は、Yahooなどの検索エンジンで調べてみてください。

2004.03.09

鉄道ファンの横暴に思う・・・

今日、走行中の列車から部品を盗んで転売する組織が摘発、逮捕されるニュースが流れました。
正直「またか・・・」と思う気持ちと同時に、私と同じように列車を趣味の対象としている、人間の起こした行動に対し情けなく思います。

「またか・・・」というのは、数年前にも長野新幹線で休止線になってしまった碓氷線で保管されている車両がひどく荒らされたことが記憶にあったからです。
あの時は、人目に付かない場所に置かれた保管車両ということで、その手口はひどく、バナーで車両の一部を焼き切り、更には今回のように不法に入手した鍵を使用し車内に侵入し、運転台を持ち去るというものでした。

このようなことをする人は、鉄道ファンとは言えない。

そのような表現をする人は沢山いらっしゃいますが、でも現実問題。彼らも列車に乗りその部品を不法に集めることで満足したり、同好の人間に転売し、不法に現金収入を得たりしている点では同じ鉄道を興味の対象としている人間であり、彼らをファンとは言えないと言っているだけでは、後ろ向きの意見としか思えないです。
あるサイトで、このニュースを取り上げていましたが、有名巨大掲示板で使われている言葉を使用し、批判している文章も、あまり感じの良いものではありませんでした。

鉄道ファン

私が思うに、一部の日本の鉄道ファンは閉鎖すぎるような気がします。
毎月発売される鉄道誌等を情報源に、そこで特集や話題になっている車両や路線を、自分の思い入れには関係なく、時事ネタとして必要以上に追いかけること。
今回の盗品として上げられた部品も、国鉄型と呼ばれるファンの間では追われる対象の車両からのものでした。
その車両が自分にとって思いで深いものだったというより、時事ネタだったので狙ったということはないのだろうか?
時事ネタなので、その部品を所有していることがより一層の満足感を与え、また転売するにも良い値段で売買できる。
そんな単純なことだったのではないかと考えています。
数年も経てば、その部品への気持ちも、転売する値段も急速に落ちていく、そんな気がしてなりません。

多くの同好の人に確認したいのは、本当に自分の好きな鉄道趣味をしませんかということ。
この情報が溢れる時代。情報にばかり流されず、本当に自分の好きな鉄道趣味を楽しめばいいのではないでしょうか?
車両を研究するのが好きな人、私のように列車に乗ってさえいればいい人、歴史を調査するのが好きな人。
それぞれがそれぞれで良いではないでしょうか?

きっとほとんどの鉄道ファンの方が「そんなのあたり前」と言ってくれると思っています。

でも、ほんの一部かも知れないですが、我々の趣味を汚してしまう人がいることが、悲しくて仕方ありません。

最後に切に希望していることとして、
「鉄道趣味誌」各誌は、今回の事態を少し重んじ、鉄道趣味者のバイブルとして「ファンの視点からみたマナー」等の特集を組んで欲しいと思っています。
またファンとしても、時事ネタに振り回されないよう注意する必要があることを、再認識する必要があるのではないかと思っています。

鉄道を題材としたWEBLOGがまだ少ない中、鉄道愛好者のひとりとして、今回の事件に対するコメントを簡単に述べさせていただきました。


◇追記
著者の方には失礼かとも思いましたが、この記事に関し、他Weblogの関連記事へのトラックバックを追加登録させていただきました。

鉄道マニア窃盗団、捕まる:BRAIN PROJECTOR
盗っ人鉄道マニア:mattoh

「九州新幹線つばめ」はロケットだった? 

先ほど、JR九州から「つばめメール VOL7」なるDMが届きました。

3月13日(土)の九州新幹線開業まで後4日と迫りました。本当に日付が流れるのは早いものです。
この「つばめメール」に同社のHPで「新幹線つばめ」のCMを配信していると記載されていたので早速見に行ってきました。
このCM。九州はもちろん関西や関東でも流れているらしいのですが、あまりテレビを見ない私は、まだ見たことがありません。

HPには4編のCMが収録されていますが、一番下にある「カウントダウン編」がちょっと志向が違って目を引きました。
なんと「新幹線つばめ」がロケットのように画面上に向かってあがっていくのです。画面をわざと横にした感じです。
最初見たときはエンコード間違えたのかなと思いましたが、スクロールする字はちゃんと横に平行に流れました。
あえてこのような効果を出しているんだと、字が出てくるまで気づきません(笑)
ちょっと面白いと思ったので、こちらに記載してみました。

九州新幹線つばめのホームページ

私は、この「新幹線つばめ」に会いに、4月16日ごろ鹿児島に出没しようかと目論んでおりますが、どうなることやら・・・

2004.03.02

さようなら営団地下鉄パスネット

さようなら営団地下鉄パスネットが、昨日3月1日から、営団地下鉄各駅で販売されています。(一部駅は除く)

営団地下鉄は、来月4月1日から完全民営化されるに伴い、「東京メトロ」とその名称を変えることになりました。
長年親しんだ「営団地下鉄」という名称は今月限りでおしまいです。
来月からは駅員さんの制服や、車両、駅入り口のマークも衣替えし、新スタートを切ることになっています。

でも、今の営団地下鉄。 どことなくまだお役所的な空気を感じるのは私だけでしょうか?
このパスネットの販売の時は、いつもそう思いました。

私は、通勤に営団地下鉄の○京駅を使用しています。
この駅には毎朝、改札脇にパスネットを販売しているおじさんが2名いるのですが、その売り声はいつも
「パスネットいかがですかーーー!」
「首都圏の私鉄に共通して使えますーーー!」
って、パスネットの販売に伴う、売り声としては決して間違ったものではないのですが

今回のような、記念パスネット? が発売された時も売り声が一緒なんです。
これには少しも商魂があるとは思えません。
前回、丸の内線50周年記念のパスネットが発売された時も同じでした。
その販売をホームや改札で知ることなく、駅出口に向かう階段で記念カードが発売されることを、はじめて知るケースが多いです。

記念パスネットが発売されれば、その内容からいつもと違った購入層があるとは考えないのでしょうか?
例えば私だって、通勤には定期を使っていますが、日中地下鉄に乗る時はパスネットを使ってます。
新しいパスネットの購入は、パスネットが切れた駅です。(しかも営団以外が多い)
いつも同じようなデザインに飽き飽きしながらも、実用性から購入し、終わったらもちろんそのままポイです。

今回のような、記念パスネットがあれば、今もっているパスネットが切れる前に購入も検討でき、使い終わった後も記念として、手元に残しておくと思います。

営団だって、パスネットをより多く販売したいから、記念カードの販売を続けているのではないでしょうか?
駅で販売にかかわっている方も、記念カードが出たときは

「本日、○○記念のパスネットが発売されましたーーーー!」

の一言があっても良いのではないでしょうか?
ポスターを掲示したからOKではないでしょう・・・・・「東京メトロ」になったら、もう少し商魂出して、民間会社らしくね!と思った 今日のパスネット購入でした。

2004.02.29

スーパー白鳥のちょっと怖い「特別展望台」

super_hakucho_3.jpg super_hakucho_2.jpg
昨日乗った「スーパー白鳥」には、先頭車の構造により、特別な展望台(お立ち台)があります。
この列車の先頭車は、需要にあわせ車両を増結した際に、隣の車両に移るための通路として使用する扉があるのですが、増結されてない場合でも、乗客はこの扉のところにいけるようになっているのです。

写真左側がその扉を外から見たもの、右側は中から見たもの。
扉には小さいながらも窓が付いており、ここから外を眺めることが出来ます。
連結器すぐ上の窓から眺める走行景色は、あまりにも迫力があり、少し恐怖すら感じます。

このような構造の車両は他にも「スーパー北斗(札幌ー函館)」、「スーパーおおぞら(札幌ー釧路)」「スーパー宗谷(札幌ー稚内)」でも味わうことが出来ます。

2004.02.28

緑色の新幹線は思い出に・・・

200morioka.jpg
今日、盛岡駅で緑色の新幹線を見ました。 200系と呼ばれる車体の新幹線 東北・上越新幹線開業当時から走り続けてる昔ながらの顔を持つ同車両も、はやて等に使われている後輩のE2系等の新型車両に道を譲る時が近づいてきました。 九州新幹線が登場する3月のJRダイヤ改正以降、この緑色の新幹線は運用を離れるようです。

スーパー白鳥 八戸にいます

super_hakucho.jpg
今日はなぜか東北にいます。 約1年前に登場した時から乗って見たかった[スーパー白鳥]にたった今乗り込みました。 これから青森に向かいますが、その先の行動は不明です(笑)

とりあえず青森で青函連絡船に再会したいと思ってます。

さあ、あと1分で八戸を出発します。

2004.02.23

九州新幹線「つばめ」のマウス

九州新幹線「つばめ」のマウスが発売されることとなりました。

このマウス。新幹線「つばめ」のデザインをしているのは勿論、動かしたり、メールを受信するとライトが点灯する仕掛けになっているとのこと。
ちょっと高いかな(3,990円)と思いましたが、昨日注文してしまいました。

それにしてもJR九州は商魂がすごい。
「新幹線」はもちろん、九州内を走る列車のグッズを沢山売り出していて、ついつい手を出してしまいます。
これまでにも、新幹線つばめの模型、昔の気動車(キハ07)のチョロQ、特急列車をかたどったマグネット、ソニックのノート・・・ いくつか買ってしまいました。

日本の鉄道ファンはこんなにグッズがあって幸せだなー 外国の鉄道はまだまだグッズが少ないです。
この前乗ったアメリカのアムトラックはグッズは沢山あっても、通販ばかり・・・・・

2004.02.20

九州新幹線「つばめ」で4ヶ国語の車内放送

車内放送は4ヶ国語へのトラックバックです。

3月13日に開通する九州新幹線「つばめ」の車内アナウンスが、始発と終着案内のみですが、日本語・英語・中国語・韓国語の4ヶ国語で行なわれるようです。
九州という土地柄、アジアからのお客様が多く見込まれるための対策なんでしょうね。
確か福岡の市営地下鉄も放送まではないものの、各案内には4ヶ国語で表示がされていたと思います。
九州は「観光立国日本」の最先端を行っているのかも知れません。

ところで、外国での日本語の案内ってどの程度進んでいるんでしょう?
列車では以前、韓国国鉄の「セマウル」号で行なわれていると聞いたことがあります。
韓国は今年「KTX」というフランスTGVベースの新幹線が開通しますが、こちらでもぜひ日本語放送を行なって欲しいものです。

飛行機では、日本を発着する国際線では勿論キャリアを問わず日本語放送があると思いますが、昔何度か乗った大韓航空のソウルーパリ線でも聞くことが出来ました。
これは昔、日本やヨーロッパの航空会社にまだ格安チケットがなかった時代の話で、日本からヨーロッパを目指す個人旅行者は、大韓航空やアエロフロート、パキスタン航空などを使っていた時代の話です。
今は日本からの直行便も格安で乗れるようになったので、日本を離着陸する飛行機での日本語放送ってなくなってしまったんでしょうかね・・・

列車の車内放送に戻って・・・
昨日少し書いたスペインのTALGOという列車。さすがに日本語放送はありませんでしたが車内の自動放送は、スペイン語、英語、フランス語で行なわれていましたね。しかもすべての駅発着時に流れていました。

「つばめ」も始発・終着駅だけでなく、停車駅すべてで4カ国放送を行なえればベストなのですが・・・・

2004.02.19

テレビ付き電車登場(京浜急行)

京急、無線LANによる電車内での映像配信実験サービスを開始

3月1日から京浜急行にテレビ付き電車が登場するようです。
テレビといっても、通常の番組を放送するのではなく、駅停車中に無線LANにより配信される動画データを車内で放映するとのことです。
番組内容については触れていませんが、音声をFMラジオで聞くことが出来るみたいなので、山手線等についている宣伝専用のテレビモニターとは少し違った傾向のものではないかと、結構興味を持っています。

設置予想図を見ると、客席上の天井から大きな液晶テレビがぶら下がる感じでした。
昔から電車車内でテレビ放送サービスを提供している京阪電車のテレビよりか、画面は見やすい感じです。

テレビ付き電車といえば、スペインのTALGOにもついていました。
あちらのは、始発駅を出た後放送が開始され、最初の10分程度は音声付で番組案内などが行なわれ、その後、希望者は車掌からイヤホンを借りて、テレビサービスを受けることが出来ます。
最初の音声付の10分放送。スペイン語のわからない私には、とてもうるさく感じたのを覚えています。
でもその放送を聞くと、「あースペインにいるんだな」と感じたのも事実
写真でしか見たことありませんが、このサービスはスペインの新幹線AVEにも引き継がれているようです。


2004.02.18

さらば、交通博物館(万世橋駅)

先日、東京神田須田町にある「交通博物館」が2005年度中に閉館。
2007年。さいたま市内に「鉄道博物館」をOPENすると発表がありました。

「交通博物館」は、中央線の神田と御茶ノ水の間、秋葉原電気街に程近いところにあります。
ご存知の方も多いと思いますが、この博物館として使用されている場所は、昔「万世橋」という駅でした。

「万世橋駅」は、中央線の東京側始発駅として開業しました。
昔の東京地区の鉄道は東海道線は「新橋」、中央線は「万世橋」、千葉方面は「両国」、東北方面は「上野」と、方面別に駅が分離されていたようです。
今のパリやロンドンのような駅の分散をイメージしていただければよいかもしれません。

その後中央線が東京駅に延伸されたのを機に、「万世橋駅」は廃止となり、後に現在の「交通博物館」になったと記憶しております。
「交通博物館」が閉館された後、「万世橋駅跡」がどのような姿になるのか、ちょっと気になっています。

2004.02.14

「つばめ」3秒で売り切れる!!

tubame.Jpg

九州新幹線の開業まで、あと1ケ月となった昨日、全国で運転初日の九州新幹線「つばめ」のチケットが発売され、たった3秒で売り切れたとニュースがありました。
いやー凄い人気ですね。少しびっくりしてます。
きっとチケットの購入には、普段から鉄道ばかり追いかけているファンの方以外にも、沢山の一般の方も押しかけてことでしょう!

「ファン以外にも、列車の旅が好きな人は沢山いるんだな・・・」

鉄道の車両・歴史・路線等を研究し、そして毎月鉄道趣味誌を買っている人ばかりが、列車の旅のファンではない。
そうでない人の中にも、沢山の列車の旅を求める人がいる。

そんな方々に気軽に訪問していただけるサイトを構築したい。
それが私の本サイト「ひとり汽車旅・のりものの旅」 の趣旨だったんだと、この記事を書きながら自分に再認識させたりしちゃいました(笑)

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