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(1.1.2)中国鉄路

2005.07.12

万里の長城に向かう列車
中国鉄路に乗ってみよう!第17話

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「万里の長城」
もっとも有名な世界遺産のひとつで、唯一宇宙から確認できる人工物とも言われている世界的に有名な名所。
初めて中国に来たならば、やはり「万里の長城」は見てみたい。

「万里の長城」はその名のとおり全長1万里を越える城壁で、中国国土を東西に6,350KM貫いている。
観光で訪ねやすい長城として、北京市内から約70km北部に位置する「八達嶺長城」が有名で、多くの日本人のイメージにある「万里の長城」は、ここでの写真や絵であろう。

北京からこの「八達嶺長城」を訪ねるに一般的なのは、バスである。
様々なツアーバスも出ているし、ひとりでツアーに参加するのは気が引けてしまう人でも、路線バスで行くことが出来る。
どちらも便数は豊富にあるようで、北京市内から気軽に行ける観光地である。

ところがこれを列車で行こうとすると大変なことになる。
中国鉄路には、その名もずばり「八達嶺」という駅があり、北京から定期列車も走っているのだが、運転本数はなんと1日1往復しかない。
しかもガイドブックなどを確認すると、バスなら1時間~1時間30分程度で行けるところを、列車は2時間30分もかけて走っている。
こんな鉄道事情では、一般の観光客は間違えなくバスで「八達嶺」を訪ねるだろう。
しかしながら私は列車に乗ることがメインで旅行をしている以上、やはりこの1日1本しかない万里の長城に向かう列車に乗ってみようと思った。

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「八達嶺」行きの列車は、「北京北駅」から出発する。
上海からの直達特快が到着した「北京駅」からは、地下鉄を使って移動する。
中国鉄路の「北京駅」に乗り入れる地下鉄2号線は、北京の中心部に建つ故宮から一定の距離をおいて北京市内をぐるりと回っている環状線で、その中にある「西直門駅」が、中国鉄路の「北京北駅」との乗換駅になっている。
地下鉄の切符売り場は上海ほどではないがやはり混んでいた。
料金は一律3元(約39円)であるが、自動券売機などは一切なく、窓口でおばさんが100枚ぐらいの切符が束になったものから、1枚づつもぎりながら売っている。
改札も当然有人で、乗客から出された切符の半券をちぎっていた。
上海地下鉄の反復使用可能なプリペイド式の切符と比べると、時代的に約30年のギャップを感じてしまう。
電車も上海のに比べると古さを感じるが、ホームも車両も非常に綺麗に保たれており乗客も上品。
上海では地下鉄のマナーの悪さに呆れたが、北京の地下鉄はとても快適に乗ることが出来た。

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中国鉄路「北京北駅」との乗換え駅「西直門駅」に着き、構内の案内板に従い「A」出口から地上へと駆け上がった。
しかしいざ出てみると遊休地が目立つとても広い場所なのだが、どこにも中国鉄路の駅らしきものはない。
遊休地の向こうには高架式の綺麗な駅が目に付いたが、それは地鉄13号線という最近出来た郊外電車の駅であった。
地下鉄の出口に背を向けると、右手奥へ車1台が通れる程度の道が目に付いたので、とりあえずその道を少し歩いてみると、すぐに「北京北駅」と書かれた案内板を見つけることが出来た。
しかしながらこの案内板。地下鉄の出口からは全く見えない方向に掲げられている・・・

案内に従い「北京北駅」に向かって道を進んでいると、列車が着いたのだろうか?途中から多くの人とすれ違うようになった。
道の舗装はとても悪く、雨上がりということもあり、ぬかるんでいる。道の両脇にはタクシーや白タクと思われる車や自転車タクシーが沢山止まっており、運転手が大きな声を張り上げ客引きをしている。
客を捕まえたタクシーは今度はクラクションを鳴らしながら人垣を掻き分けて進んでいく。
その喧騒の様は、昔テレビなどで見た中国の風景に近かった。
駅へと向かう道路の途中、右手に少し大きな店構えの建物が見えた。沢山止まっているタクシーもこの建物から先には入れないようだ。通り過ぎながらこの建物をよく見ると入り口に「北京北駅售票処」と書いてあるのに気がついた。
「售票処」とは中国語で切符売り場のことである。
早速道を戻り、溢れんばかりの人で込み合っている切符売り場に入り、壁に掲げられている時刻表を確認した。

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「八達嶺」に向かう列車は、「沙城」行きの7173列車。北京北駅を9:10に出発する。
時刻表には終着駅までの料金が乗車クラスごとに記載されているが、「沙城」行きの列車には硬座(普通席)にしか料金の記載がない。
中国鉄路の硬座といえば、緑色の客車に超満員の乗客が乗っている印象が深く、その乗客の一人に自分がなれるのか少し不安であったが、ここまで来て引き返すわけにも行かない。

切符売り場の窓口は、4~5ヶ所ありそれぞれに長い列が出来ていて、私もその列のひとつに並んだ。
なぜか自分の列だけ進みが悪く、更には窓口の直前になって、平然と割り込みがあるなど、中国の文化を肌で感じながら、窓口のおばさんにたどり着くまで15分程度かかった。
おばさんに、中国鉄路のWEBサイトから印刷した「沙城」行きの7173列車の時刻表にある「八達嶺」に丸をつけて渡すと、難なく切符を購入することが出来、ホッとする。

私のとって初めて自分で買った中国鉄路の切符である。
切符はコンピュータ発券のもので、「北京北→八達嶺」と大きく印字されているほか、日付、列車番号、そして硬座なのに丁寧に座席番号まで指定されていた。値段は4.5元(約59円)。
ちなみに駅構内で売られているペットボトル入りの清涼飲料水が3~5元程度であることを考えると、2時間30分も列車に乗ってこの値段なのだから凄く安い。
切符売り場から「北京北駅」の本駅舎までは更に数百メートル進む。道の両脇には庶民的な食堂が立ち並び、列車からから降りてきた人たちを店員が誘い込んでいる風景を横目で見ながら歩く。

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やっとたどり着いた「北京北駅」は、一言で言えばとてもローカルな雰囲気の駅。
いままで見てきた「上海駅」や「北京駅」とは比べ物にならないほどこじんまりとしている。
駅前にはちょっとした広場があり、屋根に「北京北駅」と書かれた駅本屋らしき建物が正面に立っているが、中には小さな売店しかなかった。
駅本屋の右手には列車待合室らしきところがあるのだが、屋根はあっても壁はなく屋外である。手荷物をX線検査するための機械が置いてある施設もあったが、X線検査機を使用する様子はない。
改札口は、駅本屋両脇にある背の高い大きな緑色の鉄門で、改札前の扉が閉まっている時は、列車はもちろんプラットホームも外からは一切見えない。

「沙城」行きの改札が始まったのは、出発の約20分ほど前。
多くの人に紛れ鉄門の改札をくぐると、昔ながらの緑色の硬座車両がホームに横付けされていた。
お世辞にも綺麗とはいえない緑色の車体は、2時間前まで最新の直達特快の車両に乗っていた目から見れば、そのギャップは恐ろしく大きい。
列車は6両編成程度で先頭に青いディーゼル機関車が連結されている。改札に近い後方の車両は結構な乗車率だったが、前の方の車両はガラガラであった。
こんな古い車両を連ねた普通列車でもきちんと号車ごとに乗務員が立ち乗客を出迎えている。
私は指定された2号車の前に立つ乗務員に切符を見せ車内に入り、指定された座席に腰をおろした。
この硬座車両は、進行左側が6人ボックス席、右側が4人ボックス席となっており、座席は緑色のビニール製。空調などはもちろんなく、天井に申し訳ない程度の数の扇風機が回っていた。1両あたりの定員は118名とのこと。
こんな古ぼけた車両でも車体側面に記載されている最高速度は120Km。さすがは大陸の鉄道である。

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「沙城」行きの7173列車は、定刻9:10に「北京北駅」を出発した。
左手には地鉄13号線の線路が並行する。あちらは軌道周辺が高いフェンスで囲まれ、外部からの進入を許さない構造となっている。開通まもない綺麗な線路の上を走るハイカラな電車と、こちらのオンボロ列車と比べると大きな歴史の差を感じる。
「沙城」行きの7173列車も頑張って100km程度のスピードは出すものの、駅に到着すると無駄に停車時間が長い。
私の乗っている2号車は「北京北駅」出発時はガラガラだったが、途中駅に停車する度に乗客が乗り込み、9:51に到着した4つ目の「沙河駅」で、私のボックスにも母親と男の子二人が座った。
彼らは切符は持っていなかったようで、巡回に来た車掌から切符を直接購入していた。
つまり座席指定などは、普通列車ではあってないようなもので、私が「北京北駅」で買ったコンピュータ発券の切符にある座席番号などは、何も守る必要はなかったみたいだ。
「沙河駅」を出発すると今まで左に寄り添って走っていた地鉄13号線も姿を消し、より郊外の風景になってくる。
車窓には、山羊や牛、更にはアヒルなどの家畜が見れるようになり、車内にもハエが何匹か飛び回るようになるが多くの乗客はあまり気にならないようである。
時には戦車を積んだ貨車とすれ違い、中国のお国事情を垣間見たような気がした。

10:15。「南口駅」に到着した。
「南口」は大きな街のようで「北京北駅-南口駅」間の区間列車も日に数本存在する。「沙城」行きの7173列車も「南口駅」で10分停車したほか、多くの乗客が入れ替わり車内は混雑してきた。
北京出発時、小雨気味だった天気も回復し気温も上がってきたので、空調のない硬座の車内は段々と蒸してくる。
「南口」を出発すると列車は進路を山の方角に進み、やがて山岳路線のように山をゆっくりしたスピードで登り始めた。
車内では乗務員がワゴンを引いて車内販売に忙しい。カップラーメンが良く売れる。購入者には車掌が大きなやかんでお湯を注ぎ、車内にカップラーメン独特の匂いが充満する。 このお湯はカップラーメン購入者だけでなく、希望すれば乗客の誰もが分けてもらえる。

山岳区間に入った最初の停車駅では、ホームは1両分しかなく、先頭の機関車に近い2号車は大きくホームから離れて停車した。後のホームを見ると短いホームに乗務員が立っていた。
中国の列車はその構造上、停車中はトイレの使用が中止されるので、列車が止まりそうになると車掌がトイレに来て鍵を閉めて歩く。
そのトイレに出入りした乗客の若い女性のひとりに、スケスケの紫のワンピースをはおり、中の下着がはっきりと見えてしまう、ちょっと変った服装の人が印象に残っている。あれはファッションだったのか? それとも間違えて着ていたのか?ちょっと不思議なコーディネイトであった。

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しばらくすると進行左側の車窓に、長城が見えてきた。
山頂から麓にある大きな関所まで立派な城壁がつながっており、生まれて始めて見る万里の長城に目を奪われてしまう。
これは「居庸関(きょようかん)」と呼ばれる長城で北京から一番近い長城なのだが、残念ながら中国鉄路には最寄り駅はなく車窓から眺めることしか出来ない。
しかしながらこの「居庸関」を過ぎた後、車窓の左手には山頂つづく城壁をしばらく楽しむことが出来る。

さていよいよ「八達嶺」が近づいて来る。
車内では乗務員が沢山集まり拡声器を使って乗客に向かって何かを語り始める。
中国語のわからない私には、車内の様子から次のようなやりとりが行われていたように勝手に想像した。

乗務員:「みなさん。これから八達嶺に観光ですか?」
多くの乗客:「そうでーす!」
乗務員:「皆さんがこれから訪ねる八達嶺を紹介したオリジナルのパンフレットを車内限定で販売しています。このパンフレットには・・・・・」

女性乗務員が拡声器で宣伝放送をしている間、ほかの乗務員は車内を巡回し、手に持った万里の長城が描かれたガイドブック、オリジナルの帽子を乗客に見せて回っている。なかなか商売熱心である。

線路の勾配は更に厳しくなり「青龍橋駅」に到着した。
ここは「八達嶺」のひとつ手前の駅だが、厳しい勾配のため列車はここでスイッチバックを行い八達嶺へと登る。
先頭の機関車が切り離され、自分の乗っている車両の真横を通りぬけ、列車の北京側に再び機関車が連結されると、進行方向が逆となり、再び山に挑むと10分程度で「八達嶺駅」に到着した。

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「八達嶺駅」では、半分以上の乗客が下車し、山間の小さな駅は、瞬く間に観光客で溢れる。
駅は列車のすれ違い設備を持っているが、ホームに屋根は一切なく、駅本屋も閉鎖され窓にはベニア板が貼られておりとても営業中の駅とは思えない。
不安な様子の駅ではあるが、ホームには「八達嶺」と書かれた駅名票が立っているので、目的地には間違えないようである。

私は多くの乗客の流れに従い駅の外に出る。
目の前の道路は「八達嶺」観光に訪れる車やバスが多く走っていて、更に向こうには高速道路の出口も見える。
「八達嶺」へは駅前の道路を左に進み、緩やかな坂を自動車に注意しながら自らの足で登っていく。
しばらくすると大きな交差点にぶつかり、お店などが並ぶいかにも観光地らしい賑やかな場所に出る。
ここは北京からの路線バス(919系統)の発着所にもなっており、緑色のマイクロバス停車している。
中国鉄路と違いこの路線バスは新しいタイプの車両が使用され、もちろん空調も完備されている。運転本数も非常に多いので、北京市内から八達嶺への観光は、このバスの利用が一般的で、列車などで来るのはよほどの物好きしかいないだろうと我ながら思う。


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2005.02.23

北京到着。本当にノンストップだった?
中国鉄路に乗ってみよう!第16話

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【平成16年7月18日】

中国上陸3日目。私は5:30頃起床した。
定刻であれば北京到着は6:58。あと1時間30分程度で到着する。

列車は昨夜から、ずっと心地よいジョイント音を奏でながら快調に走っている。昨夜から停車した記憶がない。
夜中にどこかの駅に停車すれば、ブレーキや出発時の振動で寝ていても気付くと思うのだが、就寝中そのような振動を感じたことがなかった。
もしかしたらこの列車は、機関士が2人以上乗っていて走行中に運転を交換することで、上海-北京間1463kmを11時間58分で、完全にノンストップで走破してしまうのかもしれない。
またそうでもしないと上海-北京間を12時間を切って運行することは出来ないのかもしれない。

上段ベットから部屋を見渡すと、同室の老夫婦とお姉さんはまだ寝ている。
私は静かにコンパートメントを抜け出し通路に出る。窓の外は既に外は明るいのだが残念なことに雨粒が窓ガラスに当たっている。
今日は北京到着後、万里の長城に向かおうと思っていたのだが、このまま雨が降り続けるようならば、残念ながら長城訪問は諦めるしかなさそうだ・・・

時間からすると、この列車は天津を超えたあたりを走っていると推測される。
遠くには大きな煙突がいくつか見えたが、線路の付近は簡単な防風林に囲まれ回りに民家などは一切ない。
線路もほぼ直線で、路線状態はとても良く踏切なども見うけられない。
中国は2008年の北京オリンピック開催までをひとつの目標に高速鉄道の導入を目論んでいるが、在来線でこれだけ線路状態が良いのなら、アメリカの高速列車「acela」のように在来線の活用で240km程度の高速列車の運転が直ぐに実現可能なように、素人の目には映って見える。
実際には数多く走っているであろう貨物列車や一般旅客列車との調整が必要となり、新幹線のような高速別線が必要なのだろうが・・・

そんな自分勝手な中国鉄路の未来像を想像しながら、しばし車窓を眺めていると、少し大きな駅を通過し、停車中の赤い客車を連ねた列車を追い抜いた。
私の乗っている「直達特快」は中国で最優等列車なのだが、旅客列車の追い抜きを見たのは、これが最初である。
きっと夜中に何本もの列車を追い越しているのだろうが、私の指定された窓のないコンパートメント上段のベットからは、そんな光景が見えるはずがない・・・


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さて再び食堂車に行ってみようと思う。
北京には6時58分に着いてしまうので、ほとんど営業時間はないはずだが、ここは「食の国」中国である。きっと営業しているだろう・・・。
そんな希望的予測を胸に、再び9号車の食堂車目指し、約160メートルの散歩に出かけることとした。
途中のコンパートメントは、ほとんど全室扉が閉まっており、まだ就寝中と思われたが、若い女性乗務員は既にお仕事中で、通路のカーテンを束ねている様子を見かけた。

食堂車に着くと、やはり6時前と言うのに営業している。
もちろん昨夜食堂車を占領していたおじさん乗務員達の姿もない。
先客は2組。いづれも一人の中年男性で麺を食べていた。
私は昨夜とは違うテーブルに腰掛けるとさっそく係りの女性がオーダーを伺いに来た。
テーブル上には、プラスティック製のケースに入ったメニューがあり、その一番下の「Breakfast」と書かれた欄の中に「Noodles」の文字を2つ見つけた。
メニューには中国語のほか英語でも記載されているのだが、私の知識では違いがよく読み取れなかったので、上に書かれていたほうを女性係員に指し示した。料金は昨夜同様、前金制で10元(約130円)をその場で支払う。

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しばらくして運ばれてきた麺は、日本の蕎麦ともラーメンとも違う、中国独特のもの。
関東人の私基準では、とても薄味の麺であったが、早朝からこのような暖かいものが列車内で食べれるということは、世界の鉄道の中でも貴重なサービスなのではないだろうか。
さすがは鉄道全盛、そして食の国であると感心してしまうとともに、夜行列車が衰退の一途をたどっている日本の供食サービスと比べ、とても羨ましく思いながら、麺をすすっていた。
私の後からも数組の客が食堂車に来たが、皆同じように麺を注文していた。
食事中、中年男性が奥のカウンター席から、毛布を片手に現れた。見覚えのあるその顔は、昨夜食堂車でビールを私に持ってきたウェイター。
どうやら食堂車の一角は従業員の寝床にもなっているようであるであるが、こんな時間に起きるとは明らかに寝坊であろう。それとも彼には朝の仕事はないのだろうか?

6時20分頃。麺を食べ終え、食堂車を後にする。
さすがにほとんどのコンパートメントの扉は開き、乗客は皆、身だしなみを整えたり、持参した朝食を食べている。
自分のコンパートメントに戻ると、同室の老夫婦、お姉さんとも既に起床しており、言葉が通じないので笑顔で軽く会釈をし挨拶を交わす。
北京到着まで後30分程度。コンパートメントの中は老夫婦が下車準備をしていたこともあり、私は通路の椅子を倒し、近づきつつある北京を感じながら、車窓を眺め北京到着を待つこととした。

さすがに北京に近づいてくると、民家が増えはじめ、交差する道路の車線も車の台数も多くなり、日本の郊外の風景とさして変わらなくなってくる。
列車の右手後ろの方に大きな観覧車が見えたころ列車は大きく減速し、線路が多数に分れ、直達特快はゆっくりと北京駅構内に進入していく。
構内線路の端には、北京市民の生活路があり、一般人の行き交う姿だけでなく、カメラを持って列車を狙っている鉄道ファンらしき人の姿も見ることが出来た。
列車は更に減速し、定刻6時58分調度に北京駅に到着した。

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しかしである。
我が「直達特快14次東方号」は、機関車を入れて20両近い編成が北京駅のホームに入りきらず、一番後ろの1号車と私の乗っている2号車はホームからはみ出して止まった。
まあどうであれ北京到着である。
私は同室の老夫婦とお姉さんに別れを告げると、ホームからはずれた2号車の扉から地面にジャンプし降り立った。私にとって初北京は、ジャンプの着地から始まった。

ふと列車の後ろの方を見てみると、朝もやの残る構内を2本もの直達特快がホイッスルを鳴らしながら同時に北京駅に入線してきた。
かと思えば今度は、既に到着していた直達特快が機関車を後ろにした推進運転で車庫へと向かって出発していく。
朝っぱらから難とも活気のある風景である。
夜行列車が衰退してしまった日本では、まず見ることが出来ない朝のターミナル風景である。
私の飛び降りた2号車の扉はいつのまにか閉められ、1号車2号車の乗客はホームにかかっている3号車から降りている。

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しばらくホームで喧騒を眺めていると、隣ホームにZ14の7分後に上海を出発した、Z99が入線して来たのでその様子をビデオカメラに収める。
ホームには出迎える人の姿も見えるが、中国の鉄道駅は基本的に乗車券がないと入場できないはずなので、この人達がどのようにして、ここまで入ってきたのかとても気になる。
昔読んだ本に中国にも駅に入場するだけ為の切符。いわゆる入場券があると聞いたことはあるが、本当にそのような券を買ってホームに入ってきているのだろうか?

北京駅の出口は、ホームからスロープを下りると、地下通路にある出口専用の改札につながる。
地下通路の中央には新聞などを売る屋台が並び、売り子が大きな声を張り上げ客寄せしている。
出口専用改札口には女性係員が立っていたが、各自の切符を見ているだけで、切符の回収は行われていなかった。

改札の前には列車から降りてくる知人を待つ多くに人がおり、私は彼らをかき分けながら進み北京駅前の広場にたった。
空を見上げると雨も小ぶりになっている。

「よし!万里の長城行きの列車に乗ろう!」

私は万里の長城に向かう列車が出発する「北京北駅」を目指し、地下鉄へと向かった。


つづく

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2005.02.12

直達特快の無料食事サービス&食堂車
中国鉄路に乗ってみよう!第15話

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上海駅を出発した直達特快は、ホームを過ぎると次第にスピードを上げ始める。
日本の電車王国に慣れている私には、音もなく加速していく客車列車の静穏な走りにも旅情を感じてしまう。
上海駅出発直後の車窓は、住居などの建物が密集が映っていたが、10分もすると緑豊かな郊外の風景となる。
19時発と出発時間は遅かったが、夏の遅い日没のおかげで、暮れゆく上海郊外の景色をしばらく楽しむことが出来た。

出発して10分ぐらい立った頃、女性乗務員がワゴンを押して各コンパートメントに夕食を配り始める。
中国全土の直達特快の中でも夕食サービスがあるのは、この「Z14次」を含め数本しかなく、とても貴重なサービスのある列車に乗れたことに感激する。
私の隣で出発前から横になっていたおばさんも、夕食の匂いを感じたのか起きだした。
配られた夕食は、小さな紙製の箱と銀紙製の容器に入ったお弁当。
紙製の箱の表には、なぜかスウェーデンの高速車両「X2000」の写真と、お皿にのった高級そうな料理。さらには西洋人の料理人の写真があったが、中に入っていたのはそんな高級料理ではなく、「サラダ」「パン」、デザートの「お菓子」に「バナナ」だった。
銀紙の容器はとても暖かく、ふたを開けてみるとご飯に肉と野菜類を煮込んだものがかけられていた。
残念ながら、お茶などの飲み物は配られなかった。

このころから同室の老夫婦と若いお姉さんと少しずつコミュニケーションが出てくる。
同室の3人は、配られた夕食をベットに置いた際に、シーツなどを汚したりしないよう、各自座っている横に部屋備え付けの新聞を敷いたのだが、隣のおばさんは私の横にも親切に敷いてくれた。
この時おばさんに笑顔で何か話しかけられたんだが、当然何を行っているのか解らない。
おばさんは向かいにいた若いお姉さんに、「あなた何か話せないの?」みたいなことを言っているが、お姉さんは首を横に振るばかり・・・
食事がはじまると、私の食欲が旺盛にみえたのか、おばさんから「これも食べなさい」と、サラダが渡され、早速頂いてしまう。
暖かいご飯を食べている私をおばさんは笑顔で見ていたかと思うと、おじさんに何か相談している。
おじさんは近くにあった新聞にペンで、「牛」と書いて私に見せた。
牛肉を使った食事であることを伝えたかったらしい。私が笑って理解したと素振りを見せると、老夫婦とお姉さんは満面の笑みを浮かべ、「牛」の発音を教えてくれ、私もそれを真似したりすることで、コンパートメントが和んできた。
すると今度はそのホットミールをお姉さんが食べないかと差し出してきたが、さすがにメインであるご飯をふたつ食べれるほど私は大食ではないので、こちらは遠慮した。

コンパートメント内に設置されたスピーカーからは常に音楽が流れている。音楽といっても歌謡曲なのだが、これが中国の歌ばかりでなく、なんと日本の演歌も当たり前のように流れてくるからびっくりする。
老夫婦に「日本」「歌」等と書いてみせると、フンフンと笑顔で頷いていた。

そんな言葉の通じないコミュニケーションを楽しみながら食事を一通り終えると、再び廊下にワゴンが現れ、食べ終わった弁当の回収を始める。
弁当が回収されると、もう何もすることがない。老夫婦は車内備え付けの新聞を広げ、お姉さんは扉脇にあるステップを倒し、上段のベットに上がり、読書灯をつけ持参した本を取り出した。
私も本来なら、このコンパートメントで同室になった彼らともう少しコミュニケーションをとってみたかったのだが、この列車の食堂車は絶対に覗いてみたい。
おばあさんも、上海出発時横になっていたこともあり、上段の私が下段に座っていては迷惑かも知れない。
そんな理由もあり、私は鞄から再びデジタルカメラを取り出し、食堂車に向けコンパートメントを出ることにした。

私の乗っている「2号車」から9号車の「食堂車」までは、約200メートル。
途中のコンパートメントは既に扉が閉まり中が見れなくなっている部屋もあるが、概ね満室のようである。
ある中国のWEBニュースサイトの2004/07/26付けの記事では、北京-上海間の「直達特快」の乗車率は99%で、団体や外国人の利用が多いと書かれていたが、実際に列車に乗ってみても高い利用率が確認できる。
また各車両の端には、「トイレ」と「乗務員室」があり、乗務員は2両に一人づつ若い女性が中に座っていた。
2両に一人づつ乗務員がいると言うことは、寝台車が18両連結されたこの「直達特快」では、9名ものこのような乗務員がいることになる。
そのせいなのか女性乗務員は、特に何か仕事があるわけでもなく、皆手持ち無沙汰のようであった。
私が中国語が少しでも話すことが出来たら、色々と会話がしてみたいと思ったが、こればかりは願わぬことである。

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さて「食堂車」についた。時計は19:20だった。
設備としては、4人がけ用のテーブルが10セットあり、さらに車端にはベンチ型のカウンターが設けられている。
天井には液晶テレビが数台吊るされていたが、残念ながら何も映っていない。
10セットあるテーブルのうち、6つは埋まっていたが客と思われるのは2組。あとの4のテーブルは乗務員と思われる人で占領され、弁当らしきものを食べている。
やはり乗客全員に食事が配られる列車で、更に食堂車で何かを食べようと思う客はほとんどいないようである。
私は空いているテーブルに腰掛けると、程なく女性係員が注文を取りに来る。この女性。寝台車の乗務員とは違って少し年季が入っている。とても若いとはいえない・・・・

メニューを見るが、漢字ばかりでとても理解できない。とりあえず「ビール」というと、「ハイネケン?」と返事してくれたので、ビールは理解してくれたようだ。
そのほか何かつまみになりそうなものが欲しいがメニューが読めなくては仕方がない。値段をみて安い品を適当に2品指差した。
すると女性係員は手持ちの伝票に注文したものを書き込み、その伝票に書かれた値段を私に見せ、前金だというジェスチャーを見せる。
この時の値段が残念ながら私の旅行メモに残っていないのだが、確か40元程度だったと記憶している。

テーブルでお金を支払いしばらくすると、先ほどとは違って無愛想な男性係員がカウンター席の奥にある冷蔵庫からハイネケンを取り出し、私のテーブルに置いた。
しかしグラスがない。さすがにハイネケンを瓶のまま飲むのには抵抗があるので、グラスが欲しい旨伝えると、面倒くさそうな顔をしてグラスを持ってきた。この辺はお国柄なのでしょう・・・
さらにしばらくすると、先ほど頼んだ安い品が2品出てきた。出てきた品は大豆を煮たような品と、えらく脂っこく揚げられた魚。
どちらの品も食べられないことはなかったが、美味しいと思える品ではなかった。
言葉が解らないと言うのは、こういうときに悲しい思いをするものだと、再認識してみたりする。

出てきた料理に問題はあったが、食堂車でビールを傾けながら流れ行く車窓を見ているのはとても優雅な気分に浸れる。
車窓と言っても、ほとんど真っ暗でなにも見えないが、時々通過する駅の明かりが見えるだけ、あとは列車の揺れがとても心地よい。
食堂車で過ごす時こそ、もっとも贅沢な列車の旅ではないかと私は思っている。
しかしながらこの列車は良く揺れる。食堂車でグラスにビールを注いでいるから、揺れが大きく感じるのかも知れないが、ずっと最高速度の160キロで走っているのかも知れない。
私の周りのテーブルが空席だったこともあり、手持ちの携帯電話で日本の友人に、食堂車で至福の時を過ごしていることを伝えている時に「無錫」を通過した。

ところがこんな私の至福の時間を邪魔する輩がいた。
その輩とは食堂車のテーブルを4つも占領している乗務員そして食堂車の従業員と思われる人たち。
彼らは寝台車にいる若い女性の乗務員とは違い、中年以上のおじさんたち。
ただテーブルを占領しているだけなら、利用客が少ないこの列車では特に問題ないが、彼らは騒音とも思えるほど大きな声で話すのである。これもお国柄なのだろうか? 
最大9人ものおじさんたちが集り、食堂車は彼らの溜まり場になってしまっている。
時々寝台車の若い女性乗務員が食堂車を通ると、ちょっかいを出しているが、女性乗務員は慣れたもので、笑顔で答え相手にはしていないようだった。
それにしても、本当に寝台車の女性乗務員達はかわいい娘が多い。

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食堂車に来て1時間経った、20:40に食堂車を後にする。
帰り際、厨房がガラス張りで中での調理の様子が丸見えなのに気が付いた。更にその厨房の反対側の通路には写真が何枚か飾られている。
パネルには「東方号 江澤民」と書かれたもの。更には江澤民らしき人がこの食堂車で談話している写真がある。
これらパネルから、この列車の名前「東方号」とは、どうやら江澤民が命名したようだ。
私がこれらの写真を熱心に見ていると、さっきの乗務員の一人が話しかけてきたが、残念ながら言葉が解らなかった。
私的には江澤民が列車を視察している写真よりも「BEST SERVICE TEAM」と題された、寝台車の女性乗務員達の楽しそうな集合写真がとても印象的だった。

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2号車の自分のコンパートメントに戻ると、老夫婦はやはり夢の中・・・
若いお姉さんは起きていて、上段で読書を続けている。
私も上段の自分のベットに腰を落ろし、旅のメモを書き綴って時を過ごす。
時間は21:00.上海を出発して既に2時間経つが、列車はずっと高速で走ったままである。
この後1時間ぐらいして横になったが、列車が一度大きく減速することはあったが、停車はしなかった。
ベットに上がってしまうと外の景色を眺めることも出来ないので、私も眠ることとした。

つづく

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2005.01.10

北京に向けて「直達特快」出発進行!
中国鉄路に乗ってみよう!第14話

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いよいよ私の目の前に現れた「直達特快」。
真っ白い車体で、窓周りに青い帯を巻き、プラグドアを装備した車両はとても美しく保たれている。
中国の鉄道車両といえば、少し前まで軍事色のような緑色の車体が一般的だったような記憶があるが、「直達特快」用の車両には、緑色の中国の鉄道車両の面影は一切なく、ヨーロッパの最新鋭の客車のような雰囲気が漂っている。
この客車は「RW25T」と呼ばれる軟臥車(A寝台)で、全長26メートル・最高時速160kmを誇る中国鉄路最新の客車である。(RWは軟臥であることを示している)
列車は2両に1両の割合で扉が開き、号車番号が掲げられ乗車口となっている。
各乗車口には若い女性の客室乗務員が立ちお客を迎える。
私に指定された2号車は、後から2両目の車両。客室乗務員に切符を見せ、タラップを踏みいよいよ車内へと乗り込んだ。
中国鉄路の軟臥(A寝台)は全てコンパートメント構造。
1部屋は上・下段ベットが向かい合わせの4人部屋で、この「RW25T」には、1両に9部屋のコンパートメントがあり、定員は36名となっている。
車内の通路は絨毯、窓にはレースのカーテンがひかれ、とても清潔な印象である。同じ夜行列車でも日本の衰退していくブルートレインとは比べ物にならないぐらい綺麗である。

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さて、自分の部屋は?
と思いコンパートメントの扉付近にあると思われるベット番号を探して廊下を歩くが、扉にはコンパートメント番号しか書かれていない。
私の切符には、「2車2号上段」と書いてある。
もしかして、「2号」とはベット番号でなく、コンパートメント番号なのでは?と思い、「2」と書かれたコンパートメントに一人でいた中年の男性に私の切符を見せ「ここで良い?」と日本語を交じりで素振りをしてみる。
私が中国語が話せないことを悟った彼は、切符を見て「隣の部屋だ」と今度は中国語交じりのジェスチャーで教えてくれる。
ところが彼の指差した「1」のコンパートメントを覗いて見ると、部屋の中には既に老夫婦が2組と若いお姉さんが楽しそうに談話している。ひとつのコンパートメントの定員は4人のはずだが、既に定員を上回る5人が「1」のコンパートメントにいて、私が入れるような雰囲気ではない。
私は再び「2」のコンパートメントに戻り、おじさんに「本当に隣の部屋?」と、ある意味助けを求めた。
するとおじさんは「1」のコンパートメントまで足を運んでくれ、部屋の窓の上に貼ってあったベッド番号「2号」を指差し、「貴方はここ」と言う風にベットを示してくれた。
この光景を見て「1」ノコンパートメントにいた5人の人たちは、私が今夜同室で中国語の通じない人間だと理解してくれたようだが座れる場所がない。
困った素振りをすると「ここに座りなさい」と下段ベットの通路側のスペースを空けてくれた。
私はしばらくその指定された場所に座っていたのだが、その間ほか5人は私に構うことなく、談話に花を咲かせている。
この定員オーバーは何故なんだろう?と思いながら、出発時間までまだ15分以上あったので、鞄からデジタルカメラとビデオカメラを取り出し、列車の外に出ることにした。

外では列車に乗り込む人たちを中心にスナップを撮ったり、ビデオを回してみた。
またホームに置いてあった台車にカメラを置き、セルフタイマーをセットし「直達特快」をバックに記念写真を写してみたが、うまい構図にはならない。こればかりはひとり旅ゆえのどうしようもない・・・
乗車車両である「2号車」付近での撮影を一通り終え、今度は列車の前方に向かって歩いてみる。
3号車、4号車、5号車・・・。列車に沿ってホームを歩いてみると、この「直達特快」がとても長いことに改めて気付かされる。
8号車まで途中全てが軟臥(A寝台)であったが、9号車が近づいてくると、その車両は他とは少し外見が違うことが見て取れる。
白い車体で窓周りに青い帯を巻いているのは他の車両と同じだが、出入り口になぜか柵があるのと窓の大きさが違う。車体に書かれている形式も他の軟臥(A寝台)を表す「RW」ではなく、「CA」と書かれている。
もう少し近づいて見てみるとカーテン越しに見える車内にはテーブルが並んでいる。そう「食堂車」である。

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日本の鉄道では新幹線等によるスピードアップの実現や車内販売や駅弁などの充実により、「食堂車」は北海道行きのブルートレイン数本でしか経験することが出来なくなってしまったが、外国の鉄道では減少傾向ながらもまだまだ健在で、「食堂車」は私が外国の鉄道に乗る際の楽しみの一つである。
実はこの「直達特快Z14次」では、19往復存在する直達特快の中で3往復だけで実施される軽食サービスが存在すると聞いている。
更に上海を19:00に出て翌朝6:58には北京に到着してしまうダイヤでは、食堂車の存在意味がほとんどないと思われ、連結がされていないのではと半分諦めていたのだから、これほど嬉しいことはない。

「食堂車」には他の車両にはないエンブレムも掲げられていた。
「東方号 ORIENT」と大きく書かれた文字の上には、5つの星印と上海・北京の文字。
上海と北京を結ぶ5本の直達特快の中でも、この北京行の「Z14」と上海行の「Z13」だけには、「東方号」という別の名称が付いているようだ。
乗車口に立っている女性乗務員の制服も、向かいのホームに止まっている別の「直達特快」とは別のものである。
なぜこの列車にだけ名称が存在するのか、乗務員の制服がなぜ違うのか?その理由は私には解らない。

9号車の「食堂車」まで来たところで、自分の車両である2号車から既に200メートル歩いてきたことになる。
「食堂車」が編成の真ん中に連結されていると考えると先頭はあと200メートルも先のはずである。
昨日、上海駅近くの陸橋の上から撮影したこの「Z14次」は、18両もの客車を連ねていたのを思い出す。
1両が26メートルなので、その全長は実に460メートルにもなる。更に先頭には2両連結式のディーゼル機関車が構えているわけで、機関車を入れた列車全体の全長は500メートルを超えると思われる。
日本の新幹線「のぞみ」の全長は、16両編成で約400メートルなので、それよりも100メートルも長いことになる。
このまま先頭まで行っても「2号車」に戻るのに時間もかかり、先頭の機関車を写真に収めるのも難しいだろうと考え、自分の車両に引き返すことにした。

「2号車」に戻り、再び乗り込もうとすると入り口に立つ若い女性の乗務員が中国語で話しかけられる。
さっき切符を見せたのだが、さすがに顔パスは利かなかったらしい、再び切符を見せ車内に入った。
コンパートメントに戻ると、先ほどまでの談話は既に終わっていて、老夫婦1組と二十歳前後の女性の3人となっていた。
私がさっき座っていた座席兼下段ベットでは既におばさんが横になっていたが、私が戻ってきたことを察すると、足を曲げ座れる分だけのスペースを空けてくれた。
なんとも居心地が良いとは言いにくい状況である・・・

程なく出発時間の19:00.
ホームに発車ベルが鳴り響くわけでなく、車内放送があるわけでなく、列車は北京に向け定刻に動き出した。
私は通路にあった簡易イスを引き出して座り、上海の街に別れを告げた。

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2005.01.08

さあ「直達特快」に乗り込もう!
中国鉄路に乗ってみよう!第13話

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2004年7月17日(土)

上海で中国最初の朝を迎える。
昨日中国に上陸してから何も食べていないので、かなり空腹である。
身支度を簡単に整え、ホテル1階のレストランに向かい、宿泊費に含まれている朝食をとった。
朝食はバイキング形式、お粥が少しあった程度で品揃えは万国共通。美味しいと思うものは特になかった。
レストランの客はほとんどがツアー客と思われる人で、日本人が多いようだ。
寂しいことに私のように一人で食事している人はほとんどいなかった。

今日はいよいよ中国鉄路の「直達特快」北京行きに乗車する日である。
「直達特快」は、2004年4月18日に行われた「第5次大提速」と呼ばれるダイヤ改正で登場した中国最速の種別で、北京を中心に19往復の列車が存在し、全て軟臥と呼ばれる1等寝台車で編成された夜行列車で、最速160kmを誇る。
上海-北京間には、このうち5往復の列車が運転され、19:00発の列車番号「Z14次」を最初に、7分おきに19:28まで5本の「直達特快」北京行が連続して出発していく。(2004年7月現在)

私の乗る「直達特快」北京行きは、19:00発の「Z14次」。朝食を食べてもまだまだ時間が残っている。
夏の暑い上海市内をあちこち歩き回るのも辛いので、昨日夜景しか見ることの出来なかった外灘(バンド)と、一瞬の乗車で終わってしまったリニアモーターカーの再乗車、そして最新の地下鉄である3号線(明珠線)を訪ね、上海での時間を潰していた。

【上海駅待合室】
直達特快に乗車するために上海駅に到着したのは16:30頃
19時の列車に乗るにはちょっと早すぎる到着ではあるが、訪中最大の目的である列車への乗り遅れ防止と、夏の厳しい日差しから逃げるために早めに到着した。

上海駅は相変わらず多くの人で混雑していたが、私は駅舎右側にある「軟席軟臥専用待合室」に入る。
ここは軟席(1等車)か軟臥(1等寝台)のチケットを持っている人専用の待合室で、入り口で係りのお姉さんに切符をチェックされる。
お姉さんが切符をチェックしているあたりは多くの人で混雑していたが、中に入ってしまうと外の喧騒とは別世界で、冷房の効いた室内には、多くの人がソファーでくつろぎながら列車を待っていた。
その数、およそ200人以上と思われるが、それだけの人数が入ってもまだ誰もがゆったりと列車を待てるだけのソファーが用意されているほか、売店や喫茶コーナーもあった。
待合室には、LED式の出発案内板があり中国語、英語、そしてなんと日本語が交互に表示され、乗客はこの案内板で自分の列車の改札が始まるまで、待合室でのんびりと過ごすことになる。

一昔前は中国鉄路の軟席(1等車)と軟臥(1等寝台)がと言うのは、かなり特別なもので1列車に数両しか連結されていなかったり、乗客も外国人か一部の裕福な中国人だけのための特別なものだったと記憶している。
しかしながら、これから乗車する直達特快は全車軟臥(1等寝台)であり、しかもその直達特快が7分おきに北京に向け出発していく現状を見ると、もはや現在の中国において軟席(1等車)や軟臥(1等寝台)は特別なものではなくなったようである。

私の乗る「Z14直達特快北京行き」の改札が開始されたのは18:15.
LEDの「ただいま改札中」という日本語表示を確認し、改札へと続くエスカレータの脇にいたお姉さんにチケットを見せ、待合室の上のフロアに向かった。
上のフロアは一般の待合室だったようで、凄い数の人が列車を待っていた。しかし改札らしく物がなかったので、私と同じく「軟席軟臥専用待合室」から出てきた人の流れに身を任せ、別のエスカレータでさらに上のフロアに上がった。
この3階にあたるフロアも大きな一般待合室のようで、待合室の一番端に列車ごとに分けられた改札口が見える。
人々は自分の乗る列車の改札が始まるまで、おもいおもいのスタイルで待っているようだった。
改札口の一番端に「Z14次」の文字を見つける。
全ての車両が軟臥(1等寝台)である「Z14直達特快」では、この一般待合室で列車を待つ人はいなく、1階の「軟席軟臥専用待合室」から出てきた人たちが次々と改札口の中に入っていく。
改札口の入り口に立つ女性に切符を見せると、少し前の日本と同じように切符に「凸型」のパンチを入れられる。

改札口を無事越えるとホームの上をまたぐ跨線橋に出る。跨線橋の窓からは眼下に列車のが見え、いよいよ中国鉄路に乗れることに少し興奮する。
ホームに降りる階段には、列車番号が掲示されており、「Z14次」の文字は8番ホームに見つけることが出来た。
階段を降りていくと、白い車体に青い帯をまいた「直達特快」の姿が見えてきた。

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2005.01.03

お正月に動画2本編集

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お正月。
いつもより時間があったので、いつか公開しようと思っていた中国のビデオを編集して公開してみました。

1本目は、上海の地下鉄をメインに撮影したもの。
ドイツ製やフランス製の車両のほか、ホームにあるモニターに映った日本のアイドルの画像もシラーっと入れてみました。

2本目は同じく上海のもの
こちらは中国鉄路上海駅近くの陸橋から駅に発着する列車を何本か写したものです。
日本ではほとんど見ることが出来なくなった機関車牽引の列車が発着している風景は、旅情を誘います。

2本の動画へは、本サイトのブロードバンドムービー館からご訪問ください。


2005.01.01

上海散歩
中国鉄路に乗ってみよう!第12話

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上海駅を19:00に出発する北京行き直達特快を見送った後からが、私の上海散策時間となる。
明日の同じ列車(19:00発の北京行)に乗るので、これからちょうど24時間上海にいることになる。
列車に乗ることが主目的の私として、3泊4日の行程としてこの24時間の空き時間は非常にロスなのだが、ここ中国には気軽に乗れる汽車はなかなかないため、この24時間は私にとって初めての街「上海」をのんびり散歩してみることとした。

【上海】
今でこそ高度成長が著しい中国を象徴する「上海」には、高層建築物が立ち並んでいるが、市内を流れる川「黄浦江」沿いに並ぶヨーロッパ風の建築が並ぶ風景も有名である。
このヨーロッパ風の建物は、アヘン戦争後の南京条約で上海が外国に開港された際、イギリス人が造ったもので、黄浦江沿い南北1.5Kmに渡り広い遊歩道と、西洋建築が約50棟並び、「外灘(バンド)」と呼ばれている

私がまだ一度も外国に行った事のなかった17歳ごろのこと。神戸から船でたった2万円で行くことの出来た街として「上海」は、最も興味を頂いた外国の街のひとつだった。
当時未だ少なかった中国への個人旅行者向けのガイドブックを購入し、「上海」の頁で、最初に目に飛び込み、その後もずっと訪れたいと思っていたのが、この「外灘(バンド)」である。 
上海に来たなら、まずはこの外灘(バンド)に行ってみたいと思った。

私は地下鉄の上海火車駅から地下鉄A線に乗り、途中「人民広場駅」でB線に乗換え「河南中路駅」で下車した。
地上に上がると、そこは上海一の繁華街「南京路」である。

私の目指す外灘(バンド)は、この「南京路」の先にあるのだが、地上から上がってきた私には「南京路」をどっちに向かえば「外灘」なのか解らない。
「外灘」には今の上海の発展を象徴する「上海タワー」があるので、それが発見できれば「外灘」の方向が解るのだが、残念ながら自分の立っている位置からは「上海タワー」が確認できなかった。
"一か八か"で地下鉄出口を背に右に歩いてみたら・・・ 昼間歩いた「人民広場」が目の前に現れる。
つまり、はずれだった 地下鉄一駅分無駄に歩いてしまったことになる。

仕方なく今来た道を反対方向に戻り、再び「南京路」を外灘に向け歩き出す。
「南京路」は幅の広い綺麗に整備された歩行者天国となっており、道路の両側にはネオンで眩しく彩られたお店が約2kmに渡って続いている。
歩行者天国には多くの人が集まり、観光用に小さな客車を何両も連ねたバッテリーカーが頻繁に行き交う。
「南京路」の両側に並んでいるお店は、飲食店・衣料店などが多く、日本の吉野家やラーメン店も見かけることが出来た。
上海では、日本のラーメンがちょっとしたブームのようで、多くの店が上海に進出しているとのことだが、味覚の違いから豚骨系のスープしか受け入れれらないと日本のテレビで紹介されていたことを思い出す。

この南京路では多くの女性に声をかけられたのも意外だった。
こちらは一人で歩いている成人男性。声をかけてくる女性と言ったら、目的はそれぐらいしかないだろうが、言葉が解らなくて、はっきりとした目的はわからない。
こちらが言葉を話せないことを理解すると去っていくが、それまではかなりしつこく付きまとわれる。
一人が去れば、また違う女性が声をかけてくる・・・ 
中国ってこんなのもあったんだと、また違った意味での驚きを味わった。

「南京路」の歩行者天国は外灘まで続いておらず、途中の信号から先500mぐらいは、狭い歩道しかない車の往来が激しい道を進む。
しばらくすると目の前が開け、「上海タワー」も目の前にみることが出来たが、「外灘」の広い遊歩道へつながる地下歩道は大変な混雑である。
私も一人、この人ごみに混じり地下道を越え無事「外灘」に到着することが出来た。

しかしながら残念なことに「外灘」は、上海の急激な成長と真夏の冷房需要による電力不足を懸念して、ライトアップが中止されていたが、対岸の「上海タワー」には明かりがともり、特徴的である球体の部分では派手なイルミネーションが輝いていた。
古い町並みの「外灘」は消灯、対岸の新しい上海を象徴する「上海タワー」は輝いている光景は、今の上海そのものを表しているように見えたのは私だけであろうか・・・

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【動画:上海タワーのイルミネーション】


しばらく、外灘で「黄浦江」の風と行きかう船の音を感じながら「上海タワー」をみていたらお腹に多少空腹感を覚えたので、近くの飲食店を物色するが、一人で言葉の通じない食事処に入る勇気がなく、結局何も食べずにホテルに戻った。

*2004/01/03 一部加筆


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2004.10.11

上海駅視察
中国鉄路に乗ってみよう!第11話

このBLOG記事は、HTML化し、移転しました。
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ホテルを出て先ず向かったのが、上海駅。
やはり今回の旅行のメインイベントは中国鉄路への乗車であり、明日の乗車前にまず上海駅の場所を事前確認しておきたかった。

ホテルを出発し、再び地下鉄「静安寺駅」まで歩く。
3度目の地下鉄の切符購入は、初めて自動券売機を利用した。上海の人でもあまり使っていないように見える自動券売機をスムーズに利用できたことで、ちょっと得意げになってみる・・・

続く・・・

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2004.09.24

上海のホテルにチェックイン
中国鉄路に乗ってみよう!第10話

このBLOG記事は、HTML化し、移転しました。
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中国鉄路の切符を無事入手し、H社の上海駐在事務所を後にしたのは、16時少し前。 次は今日泊まるホテルにチェックイン。一旦カバンの中の荷物を軽くし、本格的に街歩きしようと思う。

再び炎天下の中、地下鉄「人民公園」まで歩き、窓口でまた地図をかざし目的地を示して切符を買い、地下鉄に乗った。
ホテルは「上海賓館」と言う場所で、地下鉄2号線の「静安寺駅」から、南に10分ぐらい歩いたところにある。
「静安寺駅」は半地下の駅前広場があり、とても近代的に整備され、おしゃれな作りのお店が並んでいる。

続く・・・

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2004.09.06

上海リニアモーターカーの動画(ビデオ)公開!!!

7月に乗ってきた上海のリニアモーターカーのビデオを昨日編集し、本サイトに公開しました。
最高時速430KMの世界最速の列車の車窓や駅付近での走行シーンを楽しんでもらえるものと思っています。

ビデオは、リニアの所要時間と同じ7分20秒の構成。
ファイルサイズが14.7Mもありますので、ブロードバンド環境の方でないと視聴は難しいと思います。
ナローバンドの方 ごめんなさい。

ひとり汽車旅・のりものの旅 ブロードバンドムービー館

文章でのリニア乗車記は、次の場所で公開中です。
中国鉄道旅行記 中国鉄路に乗ってみよう! 2004

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