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無料ブログはココログ

2010.01.24

BLOGをTwitter(ツイッター)に移行します。(お知らせ)

突然ですが、当BLOGの更新を停止します。
当BLOGは、2004年2月からサブサイト的な位置づけで運営してまいりました。
しかしながら、本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)との明確な差別化が難しい状況となっています。

本来BLOGは、WEBサイトとは異なり、気軽に情報発信できる手段として広まってきましたが、管理者の私自身がBLOGに適切な内容の記事をできず、本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)と変わらぬ記事をアップしてしまう傾向があり、このような状況になってしまいました。

この状況の中、気軽な情報発信ツールとしてTwitter(ツイッター)が、かなり一般的になってきました。
1回の書き込みが140文字以内という気軽さから、利用者が世界的に増えているようです。
BLOGと異なり、独り言のような「つぶやき」がメインとなりますが、このBLOGで行ってきた新作動画公開のお知らせや、旅先での出来事などをより気軽に発信できるようになると思います。

まだ試行錯誤の段階ではありますが、2010年が始まったばかりという節目でもあり、まずは標記のとおり、BLOGをTwitter(ツイッター)に移行することといたしましたので、お知らせいたします。


管理人のTwitter(ツイッター)
http://twitter.com/kishanori


まだTwitter(ツイッター)をご存じない方もいらっしゃると思いますが、これを機会に今話題のTwitter(ツイッター)への登録の機会としていただき、管理人の「つぶやき」にお付き合い頂ければ幸いです。
またフォローもお願いします。

*2010年1月24日より、本サイト(ひとり汽車旅・のりものの旅)のTOPページから、直接 Twitter(ツイッター) にリンクを登録しましたので、あわせお知らせします。


2009.12.20

運行を終えたオリエント急行

Orient_01

先週(2009/11/14)、オリエント急行が126年の歴史に幕を閉じました。
オリエント急行と言うと、我々日本人には豪華な設備を持ったヨーロッパの特別列車というイメージを持つ人が多いと思いますが、それはかつてのオリエント急行を復元した観光列車のこと。
今回運行を終えたのは、その豪華な設備を復元したオリエント急行ではなく、126年前に登場し、かつてパリとイスタンブールを結んでいた、正にヨーロッパとオリエントを結んでいた長距離列車です。

オリエント急行が、日本人のイメージにある富裕層が好んで乗車した豪華な編成であったのは第2次世界大戦のころまで。
その後の冷戦時代に西側と東側を結ぶ豪華列車が運行できるわけはなく、オリエント急行は一般車両で編成されるようになりました。
パリ-イスタンブールの直通運転も1977年に終了。その後、オリエント急行はヨーロッパ内を数多く走る夜行列車の1本としてパリ-ブカレスト(ルーマニア)間の列車として長いこと運行されました。

私は1988年。このパリ-ブカレスト間を運行していたオリエント急行に乗車した経験があります。
パリ東駅から乗車した列車は、フランス国鉄とオーストリア国鉄、そして確かハンガリー国鉄の車両で編成されており、終点ブカレストまで行く車両は、パリからへ連結されていませんでした。
パリを夜発つこともあり、食堂車もビュッフェも連結されず、しかも古い車両ばかりで編成されたオリエント急行は、日本人のイメージとかけ離れた列車だったことを覚えています。

ヨーロッパでもオリエント急行のように名前がついた列車はありますが、指定券や寝台券を取る時には、列車名ではなく列車番号で列車を指定することから、一般の人には列車名は浸透していません。
よって私が乗車したこのオリエント急行も、一般には、ただのブカレスト行きの列車であり、オリエント急行の名はトーマスクックの時刻表上と、たぶん列車側面についていた行き先表示板には名前がさり気なくあった書いてあったことでしょう。

さてオリエント急行。
やはりオリエントというからには、イスタンブールに到達する列車であって欲しいもの。
イスタンブールというアジアの空気が色濃い街と、ドイツやフランスという西欧の国を結ぶ列車には、大きな憧れを感じます。

かつて私がイスタンブールを訪ねた際、イスタンブールのヨーロッパ側の終着駅「シルケジ駅」で、オーストリアの車両を見つけて、大変感激したのを覚えています。
イスラム教のモスクが立ち並び、コーランが流れる街の中に、西欧の車両を見つけたときは、まるで日本の駅で営業中のヨーロッパの車両を見たような驚きでした。

私の過去のアルバムから見つけたのが、イスタンブールシルケジ駅で撮影した上の写真。
オーストリアのウィーンとイスタンブールを結んでいたバルカン急行の行き先表示板。
オリエント急行がイスタンブールに乗り入れなくなったあとも、西欧とイスタンブールを結んでいた列車です。
私には、このバルカン急行のほうが、オリエント急行そのものと思えてなりません。
しかしながらきっとこの列車も、2009年の今は運行されていないことでしょう。

最後まで残ったオリエント急行の運行区間は、フランスのストラスブールからオーストリアのウィーンまで、フランスのTGV東線が開通したことにより、2007年にはパリにも乗り入れなくなっていました。

わが日本でも、夜行列車の削減がすすみ、もうほとんど絶滅寸前ですが、ヨーロッパの夜行列車も高速鉄道網の発展により、同じような運命になっていることを感じるオリエント急行廃止のニュースでした。

2009.12.06

台湾鉄路 太魯閣(タロコ)号 擬似乗車ビデオ公開 

ちょうど2年前。2007年12月に台湾に訪問した際に撮影した太魯閣(タロコ)号の映像をやっと編集し公開しました。
当時はまだ3編成しかなかった太魯閣(タロコ)号も、今は6編成となり、活躍範囲も2007年12月当時よりも拡大しています。
また車窓からは、まだ現役だった旧型客車列車(535次)とのすれ違いも見ることが出来ました。

編集していて、2年前の自分の撮影方針が今とは少し違い、今欲しいと思うカットがなかったりもしますが、十分に擬似乗車を楽しんでいただけるものかと思います。

2009.11.23

イギリスに渡った新幹線0系

もう4年も前の2005年にイギリスのヨークにある鉄道博物館を訪ねました。
ここは世界一大きいといわれる鉄道博物館で、大宮にある鉄道博物館もここヨークも参考にしたと聞いてます。
ヨーク鉄道博物館を訪ねた最大の目的は、日本から譲渡された新幹線0系を見ること。
外国でみる新幹線とはどんなものだろう?外国の人たちにどんなふうに見てもらえているのだろう?
そんな想いもありロンドンから1日かけて尋ねた覚えがあります。
当日ビデオ撮影したことは覚えていたのですが、未編集のままでしたので、4年ぶりにテープから映像を取り出してみました。

2009.11.08

留萌本線(深川-増毛)の擬似乗車ビデオが完成!

Mashike_001

9月の連休に留萌本線を訪問した際に撮影したビデオの編集を終え、擬似乗車ビデオシリーズの新作として先ほどYoutubeにアップロードしました。
留萌本線は1日8往復しか運転されないため、留萌本線の始発駅である深川駅近くに宿をとり、約2日に渡って撮影しました。
車窓からは、収穫間近の黄金色に輝く稲がまず現れ、少し紅葉が始まった山間部を抜け、最後は日本海が楽しめます。
相変わらず手振れの多い動画ですが、ひとりでも多くの方に楽しんでもらえたら幸いです。

2009.11.05

留萌本線訪問 その4「峠下駅」

Tougeshita

留萌本線の中で唯一山の中にある駅。「峠下駅」
無人駅ではありますが、列車交換が可能な駅で、保線の詰め所としても使われることから、大きな待合室があるのが特徴です。
駅の隣には民家が1件。駅の少し前には2車線道路がありますが、通行する車は少なく、とても静かなところでした。
駅の待合室には、どこから持ってきたのか何故かソファーがあり、ここに座って駅ノートを書いていると、実にのんびりとした気持ちにさせてもらえます。
私はここで3時間ほど列車を待ちましたが、駅ノートへの記帳。周辺の散歩などであっという間に時間が過ぎてしまいました。
ここはちょっとした秘境駅かも知れません。

2009.10.29

トワイライトエクスプレス初乗車!

Towa

先日、初めてトワイライトエクスプレスに乗車する機会に恵まれました。
東京在住の私にとって、関西と北海道を日本海経由で結ぶ、この列車は正直あまり縁のない列車です。
しかしながら、深緑の車体に木目調の車内。編成の中で一際目を引くサロンカーなど、いつかは乗ってみたいと思っていた列車のひとつです。
今回、札幌から大阪までの上りですが、シングルツインという昔の20系あさかぜのルーメット個室を彷彿させる個室のチケットを入手でき初乗車が叶いました。
いつものとおり車窓や車内の風景をビデオで2時間程度納めてきました。
いずれ擬似乗車ビデオの1つとして公開したいと思います。

下の動画は、札幌駅到着前の下りトワイライトエクスプレス。
私はこの折り返しで、札幌から大阪まで乗車しました

2009.10.12

留萌本線訪問 その3「恵比島駅」

Ebishima

留萌本線は、内陸の深川から、沿岸の留萌に向かう途中、ちょっとした峠越えがありますが、その内陸側の最後の駅が「恵比島駅」です。
昭和44年までは、この恵比島駅から、主に石炭輸送を目的とした「留萌鉄道」が分岐しており、それなりの賑わいがあったのでは思いますが、今は虫の音しか聞こえないような無人駅となっています。

平成11年にはNHKの連続テレビ小説「すずらん」の舞台となった「明日萌駅」として使用され、ドラマ用に昭和初期を思わせる駅舎のセットが建てられました。
私は残念ながらこのドラマを見ていないのですが、それなりの視聴率があったようで、ドラマ終了後もセットの駅舎が残されたほか、観光用SL列車「すずらん」が運行され、駅周辺には、駅舎のほかにもドラマのロケに使用されたセットがいくつか残されていることもあり、「恵比島駅」も多くの観光客で賑わったようです。

ただドラマ放映から10年経過したこともあり、SL列車の運行はなくなり、いまはこの駅を訪れる人も少なくなったようです。
私が訪ねたときも、朝早い時間だったこともあるのでしょうが、滞在した1時間の間、誰ひとり人を見かけることはありませんでした。

2009.10.04

留萌本線訪問 その2「深川駅」

20091004

留萌本線の起点となる「深川駅」
特急スーパーカムイが、1時間に上下2本づつ発着する駅ですが、留萌本線の列車は、1日8本だけしかありません。
1995年までは深名線という鉄道ファンに人気のあったローカル線が発着していたこともあり、ファンの間では知られた駅とは思いますが、駅前は北海道のほかの地方都市同様、非常に閑散としておりました。

今回はここに宿を取り行動したわけですが、深川駅近くにホテルは1件しかありませんでした。
そのホテルも結婚式場兼用で、自分以外に宿泊客がいるとは思えないほど寂しい状況・・・
駅やホテルの周りにも飲食店がほとんどない状態でありましたが、幸いなことにコンビニが2軒あり、コンビニ食でどうにか晩飯、朝飯にありつかました。
町の中心はもはや駅ではないことを思い知らされます。

でもこの深川に宿を取った事で、深川発05:47の始発列車に乗ることが出来、この後「恵比島」「峠下」の2つの無人駅をたずねる時間的余裕を作ることが出来ました。

2009.10.03

留萌本線訪問 その1「留萌駅」

20091003

シルバーウィークの9月22日~23日、北海道の留萌本線を訪問しました。
運転本数が2~3時間毎。運が悪いと5時間も間隔の開く留萌本線ですが、始発の深川駅に程近いホテルに宿を取り、ほぼ2日間にわたり散策してきました。
いつものように「擬似乗車ビデオシリーズ」用のビデオを撮影してきましたが、道中には3時間も無人駅で過ごすこともあり、別の意味でも楽しめたと思います。
いずれ「擬似乗車ビデオ 留萌本線版」として、公開したいと思いますが、完成まではこのブログで、中間報告報告をしたいと思います。

まずは、上の写真。
「留萌駅」で撮影したものです。留萌からはかつて羽幌線という路線が分離していました。
たしか留萌本線よりも長い営業キロを誇っていたと思います。
いまは広いだけの構内に、ほとんど線路もなく寂しい風景が広がっていました。

«追分付近を走行する「スーパーおおぞら」

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